台湾で考えたこと
スタンフォード大学アジア太平洋研究センター客員研究員 谷川徹氏
―自立した強い日本の"個人"よ出でよ!―
はじめに
3月半ばから10日ほど日本に出張し、数日前にシリコンバレーに戻ってきた。東京では桜が例年になく早く開花し、お陰で満開の桜を久しぶりに堪能したのだ が、ほんの10日ほどの不在の間にここシリコンバレーもさまざまな花が咲き誇り、新緑も一層輝きを増してきた。頬にかかる風も爽やかになって初夏はもうす ぐといった趣である。米国経済も、またそのエンジンたるシリコンバレー経済もこの年明け以来次第に底を脱しつつあり、各種マクロ景気指標だけでなく現実の 投資も私の周りでよく聞かれるようになってきた。アメリカでは季節も経済も冬が終わり、本格的な春から初夏に変わろうとしている。
そのような中、今年の2月の終わり、私の属するスタンフォード大学アジア太平洋研究センターの調査プロジェクトの研究会が、台湾を代表する新興工業都市新 竹市で開催された。調査テーマは、ハイテクで急成長するアジア各国および地域の成長の背景を起業家精神(Entrepreneurship)と革新性 (Innovation)の観点から分析しようとするものである。参加者はスタンフォード大学など米国代表と、中国、台湾、韓国、シンガポールを代表する 大学や国の研究機関の研究者等各数名ずつ、日本は事情があってオブザーバーとしての私だけであった。3日間にわたり各国からの状況説明と活発な議論がなさ れたが、思うところが随分あった。今回はこの会への参加経験から感じたことを中心に述べてみたい。
アジア各国の経済成長の背景―政府の強力なリーダーシップと意欲ある"個人"―
研究会は新竹市の郊外にある台湾を代表する政府系研究機関たる台湾工業技術研究院*1で行われた。以下に参加各国の状況を簡単に紹介する。
まずシンガポールは、強力な政府のリーダーシップの下、都市国家としてさまざまな先進的産業政策を打ち出し、アジアの優等生として経済的成功を収めてき た。現在はITの積極導入策に加え、バイオ産業を次代のリーディング産業と位置付け、世界各国からトップクラスの研究者をスカウト*2、ポストIT産業時 代における経済発展継続の準備に余念がない。また規制改革に加え、政府自らベンチャーキャピタルを運営するなど、小回りを聞かせたスピーディな国家運営で 持続的な経済成長を可能にしている。
一方台湾は、90年代に世界の半導体を含めた電子・電気製造業の基地として急発展したが、さらに政府の音頭で海外に展開した自国留学生や起業家の帰国を奨 励し、ハイテク産業の担い手とすることに成功している。新竹科学工業団地に立地する多くのハイテク企業が、そういった帰国組の手によるものであることは周 知の事実である。昨今は政治体制の違いを超え、中国本土との産業ネットワークを強化することで次世代の展開を図っている。中国本土への投資で世界各国中ダ ントツの1位なのは台湾なのである(香港経由を含む)。
また大国ながら長らく経済後進国に甘んじてきた中国は、ここに来て政府主導による市場経済化の加速、外国投資誘致の積極化で世界の工場化を進展させるとと もに、台湾モデルたる各種インセンティブによる海外の留学生、起業家、事業家の母国帰還をうながし、次代の産業界のリーダーとして期待を寄せている。受け 皿たるサイエンスパークやビジネスインキュベーターが、98年以降中国各地に次々に建設されている。WTO加盟も一定の国内産業の打撃は免れないが、そん な国内の声を抑え、これによる中国産業全体への好影響を前向きにとらえている。
最後に韓国は、97年のアジア経済危機で手痛い経済的打撃を受け、IMFショックと言われる大経済改革を行った。その結果98年に大幅経済後退を見たもの のその後は急速に経済が回復、また大企業出身の起業家による新興ベンチャーが数多く出現するなど、新しい展開を見せている。ソウルのテヘランバレー、大田 市の大徳バレーなどに見られる多数のハイテクベンチャーは大企業からのスピンオフ組が大半とのことである。
以上これら各国に共通するのは、世界の激しい経済環境変化に対応して国家経済の運営方法を素早く変革しようという"政府"の強力なリーダーシップと、「よ り豊かになろう。そのために努力しよう」という国民"個人"の強い意識・自覚・意欲である。政府が変化の方向に対する地ならしをし、豊かさへの強い欲望を もつ個人が、自らの判断で新しい展開にチャレンジするという構図が、これらアジア各国では顕著である。いったん厳しい状況に陥った韓国の代表からは、 「IMF危機後韓国のビジネスマンの意識は全く変わった。政府、大企業に頼っても駄目だ、自分個人の価値を高めなければいけない、頼れるのは自分だけだ、 という意識に変わった」との発言があった。
*1 Industrial Technology Research Institute:略称ITRI。研究者を中心とするスタッフ約6,000人を擁する台湾最大の先端技術研究開発機関であると同時に(政府と民間の共同 出資)、シンクタンクでもありまたスタートアップのビジネスインキュベーター機能も有する。世界的半導体ファウンドリーのTSMCやUMCはITRIのス ピンオフ企業。
*2 日本の著名なバイオ研究の大学教授が最近、良好な研究環境、待遇に惹かれて研究室スタッフごとまとめてシンガポールに移ったことは、日本のマスコミでも報道された。
米国の経済成長の背景―市場経済とチャレンジングな"個人"の存在―
一方、言うまでもなくアメリカの過去10年間の経済的成功は、政府の規制をできるだけ排除し、能力と意欲ある個人の力を自由かつ存分に発揮させる市場経済 主義の賜物である。シリコンバレーはその代表例であろう。太平洋を間に挟んでアメリカとこれらのアジア経済牽引国家が、市場主義対国家主導という大きな違 いがありながら、多少の跛行現象はありつつ両者とも一定の経済成長軌道に乗っているのは、意欲ある"個人"が自らの才覚を磨きつつ起業家精神をもって新し いことに挑戦しているという、共通点のゆえである。アジア各国の政府のリーダーシップもそういった個人の動きを支援するものに他ならない。
政府の姿勢が中途半端な日本、"個人"が確立していない日本
翻って我が日本はどうであろうか。政府の姿勢を見るに、アメリカのように徹底した規制緩和を推し進めて国の関与を薄め、小さな政府・市場経済化を大胆に進 める勇気もなく、といって国の強権発動、強いリーダーシップの発揮もはなはだ怪しい。声の大きい勢力に流されて政策がゆがめられていることも多い。ことほ ど左様に日本の国家運営は中途半端である。これほどの経済不振に至っても変化に対する躊躇が窺がえるのだ。
また日本人の多くが大企業中心の経済構造と繁栄に慣れ、個人としてのチャレンジ精神やタフさに欠けている。協調的かつ良好な市民や組織人ばかりなのだ。言 い換えれば親方日の丸意識が抜けず危機感に乏しい。どうもこの"個人"のタフさ、意識の差(起業家精神の差)が他のアジア各国経済の元気さとの格差の原因 のような気がしてならない。もとより起業家のメッカたるシリコンバレーとは比べるべくもない
アジア各国とシリコンバレーのネットワーク―双方に大きなメリット―
シリコンバレーでは最近、留学生や留学後アメリカに残って活躍する博士クラスの優秀な中国人を対象にした帰国奨励セミナーが頻繁に開催され、その度に数百 人を超える、意気に燃える多数の中国人が集る。みな目を輝かせて主催者の説明を聞いている。彼らの優秀な頭脳と米国でのビジネス経験を得る中国の将来は明 るい。台湾はとっくの昔にこのかたちを確立し、どんどん米国の革新的なテクノロジー、ビジネス戦略また起業家精神を取り込んでいる。シンガポールは90年 代のはじめから国のベンチャーキャピタルがシリコンバレーで活躍していたし、韓国から米国に移住する人たちの数は凄まじいスピードで増加、同国出身の大成 功起業家も数が増えてきた。
今回の台湾の研究会に参加していた中国代表は、北京の清華大学卒、スタンフォード大学MBA、シリコンバレーの著名ベンチャーキャピタルのアジア担当とい う華麗な経歴の若い男性と、米国東海岸の大学で法律とビジネスを学び、現在北京で大学の教授とベンチャーキャピタルの責任者を務める女性であった。彼らの 発言、発想は完全に米国のそれであり、社会主義国のにおいは全く感じられなかった。国の経済発展に対する自信に満ち溢れ、中国政府のさらなる規制緩和を強 く主張するその姿は、資本主義国顔負けであった。アメリカで学んだ技術、ビジネス、人脈を生かした母国でのビジネスの成功に確信をもっていたのである。
このようにアジアの経済を牽引している国々は、起業家精神(Entrepreneurship)と革新(Innovation)の国、アメリカとの関係を 強化することにより自国経済・社会のイノベーション(革新)を実現している。今回の研究会に参加できなかったインドも同じである(シリコンバレーにおける 過去10年の移民の数、伸び率が最も高かったのは、高学歴中心のインド人であり、かつ最近の景気後退で大量のインド人が帰国して母国でハイテク企業を立ち 上げているとのこと)。
一方、米国なかんずくシリコンバレーもまた、アジアとのネットワークを強化して新しい発展パターンを確立しようとしている。
まずシリコンバレー発展初期から最近までのシリコンバレーについて見れば、過去のシリコンバレーの中心産業が半導体→パソコン→インターネットといった IT産業界における進化であった事実がある。すなわち過去においてシリコンバレーは、IT技術自体のもつ可能性、革新性を現実化することにより発展してき たのである。
これがシリコンバレー発展パターンの第一段階とすれば、こういった産業発展をベンチャービジネスが担ってきたことによって醸成されてきたカルチャー、すな わちシリコンバレーが、新しいことや未知へのチャレンジを重んじ、自由でオープン、非権威主義的で機会均等、移民など多様性のもつエネルギーを受容する徹 底した市場原理、という起業とイノベーション(革新)に最も適したカルチャーを作り上げてきたことが、現在もっとも有効な発展のエネルギーであり当地発展 パターンの第二段階といえよう。当地におけるバイオ産業までもが全米トップの位置を占めていることがそれを証明している。
そして現在から将来に向けたシリコンバレーのさらなる強みは、数多い移民の中で、台湾、インド、中国、イスラエルといった極めて優秀な民族を有する国々と の人的ネットワークを一層強化、更新しつづけていることであろう*3。奔流のようにアメリカ、特にシリコンバレーとこれらの国との間を移動するハイテク移 民の存在は、これら移民の母国に多くのメリットをもたらすと同時に、シリコンバレーにも繁栄を支える人材と多様性からなるエネルギーを供給しつづけたが、 さらにはこれらの国との人的関係を絶えず発展させ市場もとりこんで、成長を続けるアジア各国との一体化を進めつつある。このハイテク移民母国とのネット ワーク形成が第三段階の発展パターンであり、シリコンバレーの優位性をゆるぎないものにしつつあるのである。
それではシリコンバレーにおけるわが日本はどうか。主なアジアの各国の中では、大手企業駐在員中心の日本人社会はもとより存在感が薄かったが、ここに来て 日本の経済不振から駐在員の帰国が相次ぎ、また古くからの日系人も老化が進んで過去10年で唯一数を減らしたアジア系となってしまった(その昔はアジア人 の中では中国系に次いで2番目に多い日系であったが、2000年の調査ではインド系に抜かれて韓国系並みの5、6番目に後退した)。スタンフォード大学で 学ぶアジア系留学生においても日系は、中国系の約1/3、インド系、韓国系、台湾系の約1/2に過ぎない。シリコンバレーで活躍する日本人ベンチャーも極 めて少なく、ここでは日本の名はソニー、NEC、NTTドコモなどといった大企業の名前が有名なだけである。日本とシリコンバレー、アメリカとを繋ぐ人的 ネットワークという状況は全く無いに等しいのである。
*3 このモデルはインド⇔中国、台湾⇔中国などでも顕著である。
おわりに―意識改革により強い個人の確立が急務―
以上のように、日本を除くアジア各国とシリコンバレー経済の好循環を目の当たりにするのに比べて、日本のことを伝えるニュースは暗いものばかりである。政 治の世界は北方領土に絡む鈴木問題等で混乱しているし、不祥事続きの外務省や狂牛病での失政が明らかな農水省等官僚の世界も全くおかしい。経済界も食肉虚 偽表示で告発された企業や倒産企業等のトップが並んで頭を下げる場面ばかりで、まさにニッポン総崩れの状況である。日本経済の非常時にこれでは海の外にい るこっちまで気が重くなってくる。早く過去の成功体験の呪縛を解き放ち、大国意識を捨ててチャレンジャーになるべきではないか。
世界第2の市場規模などといって安心している場合ではない。むしろそのような状況で、中途半端なかつローカルな成功を得られたことがグローバルな世界への 挑戦の芽を摘んだと思うべきである。多くの日本人がどんどん日本の外に打って出て経験を積み、海外の人たちと切磋琢磨する中で異文化から刺激やヒントを 得、その上で組織に頼らない強い個人になることを望んでやまない。そのように生まれ変わる覚悟を決めた日本人がひとりでも多く出ることを祈っている。
(2002年3月30日執筆 Copyright:Toru Tanigawa 2002)
記事についてのお問い合わせは、info@svjen.org まで。
はじめに
3月半ばから10日ほど日本に出張し、数日前にシリコンバレーに戻ってきた。東京では桜が例年になく早く開花し、お陰で満開の桜を久しぶりに堪能したのだ が、ほんの10日ほどの不在の間にここシリコンバレーもさまざまな花が咲き誇り、新緑も一層輝きを増してきた。頬にかかる風も爽やかになって初夏はもうす ぐといった趣である。米国経済も、またそのエンジンたるシリコンバレー経済もこの年明け以来次第に底を脱しつつあり、各種マクロ景気指標だけでなく現実の 投資も私の周りでよく聞かれるようになってきた。アメリカでは季節も経済も冬が終わり、本格的な春から初夏に変わろうとしている。
そのような中、今年の2月の終わり、私の属するスタンフォード大学アジア太平洋研究センターの調査プロジェクトの研究会が、台湾を代表する新興工業都市新 竹市で開催された。調査テーマは、ハイテクで急成長するアジア各国および地域の成長の背景を起業家精神(Entrepreneurship)と革新性 (Innovation)の観点から分析しようとするものである。参加者はスタンフォード大学など米国代表と、中国、台湾、韓国、シンガポールを代表する 大学や国の研究機関の研究者等各数名ずつ、日本は事情があってオブザーバーとしての私だけであった。3日間にわたり各国からの状況説明と活発な議論がなさ れたが、思うところが随分あった。今回はこの会への参加経験から感じたことを中心に述べてみたい。
アジア各国の経済成長の背景―政府の強力なリーダーシップと意欲ある"個人"―
研究会は新竹市の郊外にある台湾を代表する政府系研究機関たる台湾工業技術研究院*1で行われた。以下に参加各国の状況を簡単に紹介する。
まずシンガポールは、強力な政府のリーダーシップの下、都市国家としてさまざまな先進的産業政策を打ち出し、アジアの優等生として経済的成功を収めてき た。現在はITの積極導入策に加え、バイオ産業を次代のリーディング産業と位置付け、世界各国からトップクラスの研究者をスカウト*2、ポストIT産業時 代における経済発展継続の準備に余念がない。また規制改革に加え、政府自らベンチャーキャピタルを運営するなど、小回りを聞かせたスピーディな国家運営で 持続的な経済成長を可能にしている。
一方台湾は、90年代に世界の半導体を含めた電子・電気製造業の基地として急発展したが、さらに政府の音頭で海外に展開した自国留学生や起業家の帰国を奨 励し、ハイテク産業の担い手とすることに成功している。新竹科学工業団地に立地する多くのハイテク企業が、そういった帰国組の手によるものであることは周 知の事実である。昨今は政治体制の違いを超え、中国本土との産業ネットワークを強化することで次世代の展開を図っている。中国本土への投資で世界各国中ダ ントツの1位なのは台湾なのである(香港経由を含む)。
また大国ながら長らく経済後進国に甘んじてきた中国は、ここに来て政府主導による市場経済化の加速、外国投資誘致の積極化で世界の工場化を進展させるとと もに、台湾モデルたる各種インセンティブによる海外の留学生、起業家、事業家の母国帰還をうながし、次代の産業界のリーダーとして期待を寄せている。受け 皿たるサイエンスパークやビジネスインキュベーターが、98年以降中国各地に次々に建設されている。WTO加盟も一定の国内産業の打撃は免れないが、そん な国内の声を抑え、これによる中国産業全体への好影響を前向きにとらえている。
最後に韓国は、97年のアジア経済危機で手痛い経済的打撃を受け、IMFショックと言われる大経済改革を行った。その結果98年に大幅経済後退を見たもの のその後は急速に経済が回復、また大企業出身の起業家による新興ベンチャーが数多く出現するなど、新しい展開を見せている。ソウルのテヘランバレー、大田 市の大徳バレーなどに見られる多数のハイテクベンチャーは大企業からのスピンオフ組が大半とのことである。
以上これら各国に共通するのは、世界の激しい経済環境変化に対応して国家経済の運営方法を素早く変革しようという"政府"の強力なリーダーシップと、「よ り豊かになろう。そのために努力しよう」という国民"個人"の強い意識・自覚・意欲である。政府が変化の方向に対する地ならしをし、豊かさへの強い欲望を もつ個人が、自らの判断で新しい展開にチャレンジするという構図が、これらアジア各国では顕著である。いったん厳しい状況に陥った韓国の代表からは、 「IMF危機後韓国のビジネスマンの意識は全く変わった。政府、大企業に頼っても駄目だ、自分個人の価値を高めなければいけない、頼れるのは自分だけだ、 という意識に変わった」との発言があった。
*1 Industrial Technology Research Institute:略称ITRI。研究者を中心とするスタッフ約6,000人を擁する台湾最大の先端技術研究開発機関であると同時に(政府と民間の共同 出資)、シンクタンクでもありまたスタートアップのビジネスインキュベーター機能も有する。世界的半導体ファウンドリーのTSMCやUMCはITRIのス ピンオフ企業。
*2 日本の著名なバイオ研究の大学教授が最近、良好な研究環境、待遇に惹かれて研究室スタッフごとまとめてシンガポールに移ったことは、日本のマスコミでも報道された。
米国の経済成長の背景―市場経済とチャレンジングな"個人"の存在―
一方、言うまでもなくアメリカの過去10年間の経済的成功は、政府の規制をできるだけ排除し、能力と意欲ある個人の力を自由かつ存分に発揮させる市場経済 主義の賜物である。シリコンバレーはその代表例であろう。太平洋を間に挟んでアメリカとこれらのアジア経済牽引国家が、市場主義対国家主導という大きな違 いがありながら、多少の跛行現象はありつつ両者とも一定の経済成長軌道に乗っているのは、意欲ある"個人"が自らの才覚を磨きつつ起業家精神をもって新し いことに挑戦しているという、共通点のゆえである。アジア各国の政府のリーダーシップもそういった個人の動きを支援するものに他ならない。
政府の姿勢が中途半端な日本、"個人"が確立していない日本
翻って我が日本はどうであろうか。政府の姿勢を見るに、アメリカのように徹底した規制緩和を推し進めて国の関与を薄め、小さな政府・市場経済化を大胆に進 める勇気もなく、といって国の強権発動、強いリーダーシップの発揮もはなはだ怪しい。声の大きい勢力に流されて政策がゆがめられていることも多い。ことほ ど左様に日本の国家運営は中途半端である。これほどの経済不振に至っても変化に対する躊躇が窺がえるのだ。
また日本人の多くが大企業中心の経済構造と繁栄に慣れ、個人としてのチャレンジ精神やタフさに欠けている。協調的かつ良好な市民や組織人ばかりなのだ。言 い換えれば親方日の丸意識が抜けず危機感に乏しい。どうもこの"個人"のタフさ、意識の差(起業家精神の差)が他のアジア各国経済の元気さとの格差の原因 のような気がしてならない。もとより起業家のメッカたるシリコンバレーとは比べるべくもない
アジア各国とシリコンバレーのネットワーク―双方に大きなメリット―
シリコンバレーでは最近、留学生や留学後アメリカに残って活躍する博士クラスの優秀な中国人を対象にした帰国奨励セミナーが頻繁に開催され、その度に数百 人を超える、意気に燃える多数の中国人が集る。みな目を輝かせて主催者の説明を聞いている。彼らの優秀な頭脳と米国でのビジネス経験を得る中国の将来は明 るい。台湾はとっくの昔にこのかたちを確立し、どんどん米国の革新的なテクノロジー、ビジネス戦略また起業家精神を取り込んでいる。シンガポールは90年 代のはじめから国のベンチャーキャピタルがシリコンバレーで活躍していたし、韓国から米国に移住する人たちの数は凄まじいスピードで増加、同国出身の大成 功起業家も数が増えてきた。
今回の台湾の研究会に参加していた中国代表は、北京の清華大学卒、スタンフォード大学MBA、シリコンバレーの著名ベンチャーキャピタルのアジア担当とい う華麗な経歴の若い男性と、米国東海岸の大学で法律とビジネスを学び、現在北京で大学の教授とベンチャーキャピタルの責任者を務める女性であった。彼らの 発言、発想は完全に米国のそれであり、社会主義国のにおいは全く感じられなかった。国の経済発展に対する自信に満ち溢れ、中国政府のさらなる規制緩和を強 く主張するその姿は、資本主義国顔負けであった。アメリカで学んだ技術、ビジネス、人脈を生かした母国でのビジネスの成功に確信をもっていたのである。
このようにアジアの経済を牽引している国々は、起業家精神(Entrepreneurship)と革新(Innovation)の国、アメリカとの関係を 強化することにより自国経済・社会のイノベーション(革新)を実現している。今回の研究会に参加できなかったインドも同じである(シリコンバレーにおける 過去10年の移民の数、伸び率が最も高かったのは、高学歴中心のインド人であり、かつ最近の景気後退で大量のインド人が帰国して母国でハイテク企業を立ち 上げているとのこと)。
一方、米国なかんずくシリコンバレーもまた、アジアとのネットワークを強化して新しい発展パターンを確立しようとしている。
まずシリコンバレー発展初期から最近までのシリコンバレーについて見れば、過去のシリコンバレーの中心産業が半導体→パソコン→インターネットといった IT産業界における進化であった事実がある。すなわち過去においてシリコンバレーは、IT技術自体のもつ可能性、革新性を現実化することにより発展してき たのである。
これがシリコンバレー発展パターンの第一段階とすれば、こういった産業発展をベンチャービジネスが担ってきたことによって醸成されてきたカルチャー、すな わちシリコンバレーが、新しいことや未知へのチャレンジを重んじ、自由でオープン、非権威主義的で機会均等、移民など多様性のもつエネルギーを受容する徹 底した市場原理、という起業とイノベーション(革新)に最も適したカルチャーを作り上げてきたことが、現在もっとも有効な発展のエネルギーであり当地発展 パターンの第二段階といえよう。当地におけるバイオ産業までもが全米トップの位置を占めていることがそれを証明している。
そして現在から将来に向けたシリコンバレーのさらなる強みは、数多い移民の中で、台湾、インド、中国、イスラエルといった極めて優秀な民族を有する国々と の人的ネットワークを一層強化、更新しつづけていることであろう*3。奔流のようにアメリカ、特にシリコンバレーとこれらの国との間を移動するハイテク移 民の存在は、これら移民の母国に多くのメリットをもたらすと同時に、シリコンバレーにも繁栄を支える人材と多様性からなるエネルギーを供給しつづけたが、 さらにはこれらの国との人的関係を絶えず発展させ市場もとりこんで、成長を続けるアジア各国との一体化を進めつつある。このハイテク移民母国とのネット ワーク形成が第三段階の発展パターンであり、シリコンバレーの優位性をゆるぎないものにしつつあるのである。
それではシリコンバレーにおけるわが日本はどうか。主なアジアの各国の中では、大手企業駐在員中心の日本人社会はもとより存在感が薄かったが、ここに来て 日本の経済不振から駐在員の帰国が相次ぎ、また古くからの日系人も老化が進んで過去10年で唯一数を減らしたアジア系となってしまった(その昔はアジア人 の中では中国系に次いで2番目に多い日系であったが、2000年の調査ではインド系に抜かれて韓国系並みの5、6番目に後退した)。スタンフォード大学で 学ぶアジア系留学生においても日系は、中国系の約1/3、インド系、韓国系、台湾系の約1/2に過ぎない。シリコンバレーで活躍する日本人ベンチャーも極 めて少なく、ここでは日本の名はソニー、NEC、NTTドコモなどといった大企業の名前が有名なだけである。日本とシリコンバレー、アメリカとを繋ぐ人的 ネットワークという状況は全く無いに等しいのである。
*3 このモデルはインド⇔中国、台湾⇔中国などでも顕著である。
おわりに―意識改革により強い個人の確立が急務―
以上のように、日本を除くアジア各国とシリコンバレー経済の好循環を目の当たりにするのに比べて、日本のことを伝えるニュースは暗いものばかりである。政 治の世界は北方領土に絡む鈴木問題等で混乱しているし、不祥事続きの外務省や狂牛病での失政が明らかな農水省等官僚の世界も全くおかしい。経済界も食肉虚 偽表示で告発された企業や倒産企業等のトップが並んで頭を下げる場面ばかりで、まさにニッポン総崩れの状況である。日本経済の非常時にこれでは海の外にい るこっちまで気が重くなってくる。早く過去の成功体験の呪縛を解き放ち、大国意識を捨ててチャレンジャーになるべきではないか。
世界第2の市場規模などといって安心している場合ではない。むしろそのような状況で、中途半端なかつローカルな成功を得られたことがグローバルな世界への 挑戦の芽を摘んだと思うべきである。多くの日本人がどんどん日本の外に打って出て経験を積み、海外の人たちと切磋琢磨する中で異文化から刺激やヒントを 得、その上で組織に頼らない強い個人になることを望んでやまない。そのように生まれ変わる覚悟を決めた日本人がひとりでも多く出ることを祈っている。
(2002年3月30日執筆 Copyright:Toru Tanigawa 2002)
谷川徹氏
日 本政策投資銀行(旧日本開発銀行)で27年間、プロジェクト分析・審査・融資、地域・都市開発企画、対日進出コンサルティングなどに携わる。1995年か ら98年まで、ロサンゼルス駐在員事務所に駐在。これが転機となり、2000年6月に退職。同年8月から2002年6月まで、スタンフォード大学アジア太 平洋研究センターの客員研究員として、「地域開発とベンチャービジネスの振興」をテーマに研究活動を行う。2002年7月に帰国、現在は九州大学先端科学 技術共同研究センター客員教授として同大学の産学連携推進プロジェクトリーダーを務めるほか、内外ベンチャービジネスのアドバイザー、各種地域開発審議会 の委員として活動中。
日 本政策投資銀行(旧日本開発銀行)で27年間、プロジェクト分析・審査・融資、地域・都市開発企画、対日進出コンサルティングなどに携わる。1995年か ら98年まで、ロサンゼルス駐在員事務所に駐在。これが転機となり、2000年6月に退職。同年8月から2002年6月まで、スタンフォード大学アジア太 平洋研究センターの客員研究員として、「地域開発とベンチャービジネスの振興」をテーマに研究活動を行う。2002年7月に帰国、現在は九州大学先端科学 技術共同研究センター客員教授として同大学の産学連携推進プロジェクトリーダーを務めるほか、内外ベンチャービジネスのアドバイザー、各種地域開発審議会 の委員として活動中。
記事についてのお問い合わせは、info@svjen.org まで。


