夢を語るベンチャーキャピタリスト
九州大学産学連携推進プロジェクトリーダー 先端科学技術共同研究センター客員教授 谷川徹氏
2002 年の7月の終わりに米国から日本に帰国した。スタンフォード大学やシリコンバレーでのベンチャー、地域経済研究と様々なビジネス経験をもとに、九州大学で 産学連携の仕事をする事になったのである。帰国以来改めてベンチャー起業や産学連携に関する日米の差を実感し嘆息する事の多い日々であるが、逆に日本が過 去の成功パラダイムの幻想を捨て、また社会貢献、地域貢献に向けて日本の大学が大きく舵取りを変えれば、日本の将来は大きく変わる可能性がある。日本とア メリカでの経験を元に感じた事を述べてみたい。
帰国後もシリコンバレーの状況には関心を持ち、友人からの情報やインターネットでのサンノゼマーキュリー紙購読でシリコンバレー動向をウォッチしているの だが、シリコンバレーの景気不振は2年を過ぎたものの一向に回復の兆しが見えず一層厳しさを増しているようだ。今年初めには若干の回復の兆しもあり新規ベ ンチャー投資も増加し始めたが、ここに来てまた低調な日々が続いている。スタートアップ企業のビジネスは大半が火の車で、ビジネスの世界は2年以上にわ たって冬のままである。ひと頃勢いの良かったバイオベンチャーも完全に息切れしている。
何せIT産業全体の先行きが不透明な上、エンロン、ワールドコムなどの不正経理の問題露見で米国ビジネスのあり方に動揺が走った事、さらにはイラク攻撃に よる戦争勃発の可能性が高まっている現在、アメリカ経済全体が不安定なムードの中にあり積極的な投資気運が出てこないということなのだろう。したがってベ ンチャー企業を支援するビジネスたるベンチャーキャピタル(VC)業界は、ここシリコンバレーでも低調の極みである。投資家から預かった資金を返すVC や、会社をたたみレイオフされるベンチャーキャピタリストが多いとの話である。
このような状況は日本でも伝えられ、いまだシリコンバレー崇拝、シリコンバレー神話は健在なものの、昨今はシリコンバレー流ビジネス、米国流経営への風当 たりも強い。曰く、「拝金主義のつけだ」「過剰な市場主義のなれの果てだ」等々である。状況がよければ過剰なまでに礼賛し、調子が悪くなれば極端なまでに 批判するマスコミの傾向は今に始まった事ではないが、どうも本質がわかっていない気がしている。特に"シリコンバレーのプレイヤーは皆金儲けが目的だ"と いう見方はあたっていない。確かに、努力した者、リスクをとった者が成功したときの経済的報酬やリターンは莫大なもので、結果平等社会に住む日本人の想像 の域を越えている。しかしながらシリコンバレーに集まり日々新しい事に挑戦している人たちのモティベーション(動機)が金だけではないことを日本の人たち はわかっていない。
シリコンバレーの人たちを動かす最大のエンジンは、"経済的成功"もさることながら"自己実現""夢の実現"である。すなわち自分が開発した技術やアイデ アを世に出し、世界の多くの人々に使われるといった形で世界を変える事を夢見ているのである。または自らが支援した起業家達に夢を託すのである。そうでな ければ、一度大成功し使い切れないほどの大金持になった起業家が何度も新しいビジネスに挑戦したり、時間と金を使って後に続く若い起業家達を支援したりす る事の説明が出来ない。日本に戻って最も気になる日本人のシリコンバレー理解がこの点である。
確かに起業をゲームのように考えて次々と会社を起こし、上手く売り抜けて金持になった人間も過去には存在した。バブル期には確かにそういった傾向があっ た。しかしながら今のシリコンバレーは"Back to Basics(基本に戻れ)"の合言葉にあるように、優れた技術やアイデアとしっかりしたチームを持っていなければ成功はまずありえない状況に戻ってい る。また運とタイミングが良くなければそういった優れたベンチャーも消えてゆく。経済的な成功だけでなく自己実現に向けた強い意志がなければ、なかなか起 業努力を続けられない状況になっているのである。
昨年の秋、スタンフォード大学で、2000年において最も好成績を上げたベンチャーキャピタリストに贈られる称号、『ベンチャーキャピタリスト・オブ・ ザ・イヤー2000年』 に輝いたビノド・コースラ氏の講演が行われた。アメリカでも最強のVCといわれるクライナー・パーキンス・コフィールド社の代表的ゼネラル・パートナーの 彼は、インド出身であの著名なサン・マイクロシステムズ社の創業者の一人でもある。シリコンバレースタイルたる、ワークシャツにチノパンというカジュアル なスタイルで現れた彼は、満員の聴衆に対し自らの哲学を熱く語った。曰く、「金儲けのためにベンチャーキャピタリストになったのではない。テクノロジーが 世界を変えることを体験したかった。優れた技術からビジネスを創造して夢を実現するのが面白かったからだ」と。
気障だとか、格好をつけていると日本の人は思うかもしれない。しかしこのような話は、いろんな機会に様々な起業関係者から聞く。億万長者を次々に生んだシ リコンバレーでは、確かに一攫千金を求めてリスクに挑戦する起業家、それを応援して自らも利益を最大化しようとする起業関係者が多いのは事実である。しか るに一方で、自らが生んだ優れた技術やアイデアをビジネスに仕立て上げ、世の中を変革することに情熱を燃やす人達、またそれを一緒になってビジネス化する ことに夢を賭ける人達が多いのも、ここシリコンバレーである。お金は二の次で、そういった胸躍るようなプロジェクトに参画していることがこの地では最も尊 敬されるのである。またそういったことの出来る人が世界中から集まっているのが当地シリコンバレーなのである。
マイクロソフトのウィンドウズを脅かす基幹ソフト、リナックスを開発したフィンランド出身の青年トーバル・リーナス氏は、現在もシリコンバレーのITベン チャーの一エンジニアとして働くが、「自らの発明が世界の圧倒的多数の人たちの支持を受け、世界中に広がってゆくのが何よりも嬉しい」と穏やかに話すので ある。シリコンバレーには金銭的成功を追い求める挑戦者も多いが、こういった夢を追い求める人たちも多いのである。
一方よく言われることだが、日本の多くのVCは起業家のプロジェクトの事業化可能性を判断したり育成したりする力がまだまだ弱く、意欲も比較的乏しい。事 業の立ち上げ期たるシードステージ、アーリーステージにおいて指導や様々な支援を行えるところは少数で、会社がある程度安定期に入ったミドルステージ、レ イターステージ投資中心のVCが多い。売上もほとんどなく資金や指導が必要なときには相手にせず、株式公開間際になって付き合いたいと言うところが多い。 証券系VC、銀行系VCが多いこともその背景である。リスクをとりつつも将来性を判断し、楽しみなベンチャーをきちんと育ててゆくといった能力や夢、志を 持つVCは本当に少ないのである。したがってコースラ氏のような「優れたテクノロジーを自らの手でビジネス化し世界を変えたい」という夢を語るベンチャー キャピタリストが日本で出現するのにはまだまだ時日を要する。
コースラ氏やリーナス氏の話を思い出すたびに、独創的な技術やアイデアを競争力ある新規ビジネスに仕立て上げ、世界的な事業を次々に創造するシリコンバ レーの強さ、凄さを感じるとともに、そういったサイクルが、"夢の実現"といった強力なエネルギーに支えられている事をひしひしと感じる。いつまでたって も長い不況トンネルを抜け出す事の出来ない今の日本に欠けているのは、そういった夢を語るベンチャーキャピタリストや起業家、いや日本人ではなかろうか。
(2002年12月28日執筆 Copyright:Toru Tanigawa 2002
記事についてのお問い合わせは、info@svjen.org まで。
帰国後もシリコンバレーの状況には関心を持ち、友人からの情報やインターネットでのサンノゼマーキュリー紙購読でシリコンバレー動向をウォッチしているの だが、シリコンバレーの景気不振は2年を過ぎたものの一向に回復の兆しが見えず一層厳しさを増しているようだ。今年初めには若干の回復の兆しもあり新規ベ ンチャー投資も増加し始めたが、ここに来てまた低調な日々が続いている。スタートアップ企業のビジネスは大半が火の車で、ビジネスの世界は2年以上にわ たって冬のままである。ひと頃勢いの良かったバイオベンチャーも完全に息切れしている。
何せIT産業全体の先行きが不透明な上、エンロン、ワールドコムなどの不正経理の問題露見で米国ビジネスのあり方に動揺が走った事、さらにはイラク攻撃に よる戦争勃発の可能性が高まっている現在、アメリカ経済全体が不安定なムードの中にあり積極的な投資気運が出てこないということなのだろう。したがってベ ンチャー企業を支援するビジネスたるベンチャーキャピタル(VC)業界は、ここシリコンバレーでも低調の極みである。投資家から預かった資金を返すVC や、会社をたたみレイオフされるベンチャーキャピタリストが多いとの話である。
このような状況は日本でも伝えられ、いまだシリコンバレー崇拝、シリコンバレー神話は健在なものの、昨今はシリコンバレー流ビジネス、米国流経営への風当 たりも強い。曰く、「拝金主義のつけだ」「過剰な市場主義のなれの果てだ」等々である。状況がよければ過剰なまでに礼賛し、調子が悪くなれば極端なまでに 批判するマスコミの傾向は今に始まった事ではないが、どうも本質がわかっていない気がしている。特に"シリコンバレーのプレイヤーは皆金儲けが目的だ"と いう見方はあたっていない。確かに、努力した者、リスクをとった者が成功したときの経済的報酬やリターンは莫大なもので、結果平等社会に住む日本人の想像 の域を越えている。しかしながらシリコンバレーに集まり日々新しい事に挑戦している人たちのモティベーション(動機)が金だけではないことを日本の人たち はわかっていない。
シリコンバレーの人たちを動かす最大のエンジンは、"経済的成功"もさることながら"自己実現""夢の実現"である。すなわち自分が開発した技術やアイデ アを世に出し、世界の多くの人々に使われるといった形で世界を変える事を夢見ているのである。または自らが支援した起業家達に夢を託すのである。そうでな ければ、一度大成功し使い切れないほどの大金持になった起業家が何度も新しいビジネスに挑戦したり、時間と金を使って後に続く若い起業家達を支援したりす る事の説明が出来ない。日本に戻って最も気になる日本人のシリコンバレー理解がこの点である。
確かに起業をゲームのように考えて次々と会社を起こし、上手く売り抜けて金持になった人間も過去には存在した。バブル期には確かにそういった傾向があっ た。しかしながら今のシリコンバレーは"Back to Basics(基本に戻れ)"の合言葉にあるように、優れた技術やアイデアとしっかりしたチームを持っていなければ成功はまずありえない状況に戻ってい る。また運とタイミングが良くなければそういった優れたベンチャーも消えてゆく。経済的な成功だけでなく自己実現に向けた強い意志がなければ、なかなか起 業努力を続けられない状況になっているのである。
昨年の秋、スタンフォード大学で、2000年において最も好成績を上げたベンチャーキャピタリストに贈られる称号、『ベンチャーキャピタリスト・オブ・ ザ・イヤー2000年』 に輝いたビノド・コースラ氏の講演が行われた。アメリカでも最強のVCといわれるクライナー・パーキンス・コフィールド社の代表的ゼネラル・パートナーの 彼は、インド出身であの著名なサン・マイクロシステムズ社の創業者の一人でもある。シリコンバレースタイルたる、ワークシャツにチノパンというカジュアル なスタイルで現れた彼は、満員の聴衆に対し自らの哲学を熱く語った。曰く、「金儲けのためにベンチャーキャピタリストになったのではない。テクノロジーが 世界を変えることを体験したかった。優れた技術からビジネスを創造して夢を実現するのが面白かったからだ」と。
気障だとか、格好をつけていると日本の人は思うかもしれない。しかしこのような話は、いろんな機会に様々な起業関係者から聞く。億万長者を次々に生んだシ リコンバレーでは、確かに一攫千金を求めてリスクに挑戦する起業家、それを応援して自らも利益を最大化しようとする起業関係者が多いのは事実である。しか るに一方で、自らが生んだ優れた技術やアイデアをビジネスに仕立て上げ、世の中を変革することに情熱を燃やす人達、またそれを一緒になってビジネス化する ことに夢を賭ける人達が多いのも、ここシリコンバレーである。お金は二の次で、そういった胸躍るようなプロジェクトに参画していることがこの地では最も尊 敬されるのである。またそういったことの出来る人が世界中から集まっているのが当地シリコンバレーなのである。
マイクロソフトのウィンドウズを脅かす基幹ソフト、リナックスを開発したフィンランド出身の青年トーバル・リーナス氏は、現在もシリコンバレーのITベン チャーの一エンジニアとして働くが、「自らの発明が世界の圧倒的多数の人たちの支持を受け、世界中に広がってゆくのが何よりも嬉しい」と穏やかに話すので ある。シリコンバレーには金銭的成功を追い求める挑戦者も多いが、こういった夢を追い求める人たちも多いのである。
一方よく言われることだが、日本の多くのVCは起業家のプロジェクトの事業化可能性を判断したり育成したりする力がまだまだ弱く、意欲も比較的乏しい。事 業の立ち上げ期たるシードステージ、アーリーステージにおいて指導や様々な支援を行えるところは少数で、会社がある程度安定期に入ったミドルステージ、レ イターステージ投資中心のVCが多い。売上もほとんどなく資金や指導が必要なときには相手にせず、株式公開間際になって付き合いたいと言うところが多い。 証券系VC、銀行系VCが多いこともその背景である。リスクをとりつつも将来性を判断し、楽しみなベンチャーをきちんと育ててゆくといった能力や夢、志を 持つVCは本当に少ないのである。したがってコースラ氏のような「優れたテクノロジーを自らの手でビジネス化し世界を変えたい」という夢を語るベンチャー キャピタリストが日本で出現するのにはまだまだ時日を要する。
コースラ氏やリーナス氏の話を思い出すたびに、独創的な技術やアイデアを競争力ある新規ビジネスに仕立て上げ、世界的な事業を次々に創造するシリコンバ レーの強さ、凄さを感じるとともに、そういったサイクルが、"夢の実現"といった強力なエネルギーに支えられている事をひしひしと感じる。いつまでたって も長い不況トンネルを抜け出す事の出来ない今の日本に欠けているのは、そういった夢を語るベンチャーキャピタリストや起業家、いや日本人ではなかろうか。
(2002年12月28日執筆 Copyright:Toru Tanigawa 2002
谷川徹氏
日 本政策投資銀行(旧日本開発銀行)で27年間、プロジェクト分析・審査・融資、地域・都市開発企画、対日進出コンサルティングなどに携わる。1995年か ら98年まで、ロサンゼルス駐在員事務所に駐在。これが転機となり、2000年6月に退職。同年8月から2002年6月まで、スタンフォード大学アジア太 平洋研究センターの客員研究員として、「地域開発とベンチャービジネスの振興」をテーマに研究活動を行う。2002年7月に帰国、現在は九州大学先端科学 技術共同研究センター客員教授として同大学の産学連携推進プロジェクトリーダーを務めるほか、内外ベンチャービジネスのアドバイザー、各種地域開発審議会 の委員として活動中。
日 本政策投資銀行(旧日本開発銀行)で27年間、プロジェクト分析・審査・融資、地域・都市開発企画、対日進出コンサルティングなどに携わる。1995年か ら98年まで、ロサンゼルス駐在員事務所に駐在。これが転機となり、2000年6月に退職。同年8月から2002年6月まで、スタンフォード大学アジア太 平洋研究センターの客員研究員として、「地域開発とベンチャービジネスの振興」をテーマに研究活動を行う。2002年7月に帰国、現在は九州大学先端科学 技術共同研究センター客員教授として同大学の産学連携推進プロジェクトリーダーを務めるほか、内外ベンチャービジネスのアドバイザー、各種地域開発審議会 の委員として活動中。
記事についてのお問い合わせは、info@svjen.org まで。


