神部信幸(かんべ のぶゆき)氏 (NanoGram Corporation)



神部氏略歴
NanoGram Corporationの 創立者であり、現Vice President and Chief Technical Officer。慶応義塾大学工学部計測工学科修士課程修了後、米国MITにて電気工学のPhD取得。NTT基礎研究所にて半導体材料およびデバイス関連 の研究に従事した後、日本の国際基盤材料研究所(International Center for Materials Research:ICMR)設立に参加。ケンタッキー州にICMR米国研究所を設立し、ナノ材料の量産化技術研究を行う。1996年、シリコンバレーの ベンチャーキャピタルから資金を調達し、NanoGram Corporationを創立。ナノ材料やナノ高分子複合材料に関する論文を多数発表している。
 


Q: NanoGram社は、どんな事業を行っているのですか?

NanoGramは、11年前の1996年に設立した会社で、ナノテクノロジー関連のベンチャーとして、シリコンバレーでも草分け的存在です。2001年 頃のドットコム・バブルを生き抜いた数少ない会社として、ミラクルと言われることもあります(笑)。NanoGramは主に、自社が保有するナノ材料量産 化の基盤技術を、パートナー企業のニーズに合った特定製品開発へ応用して提供するビジネスを行っています。これまでに具体的な製品に特化した2社の関連会 社を立ち上げてきました。一つは2002年に出来たNanoGram Devices Corporationという会社で、ナノスケールの体内埋め込み型バッテリーを製造しています。これは日本語で「除細動器」と呼ばれるメディカルデバイ スで、既に米国で許認可を受け、実用化が進んでいる製品です。この会社は、2004年にはGREATBATCHというニューヨーク株式市場に上場している 企業に$48Millionで買収されました。この成功によってNanoGramは、ナノテクが未来技術ではなく、現実に商用化できる技術であるというこ とを証明した、米国でも初の企業になりました。もう1社は、NeoPhotonicsという平坦化光学デバイスを製造する会社で、こちらも既に売上高 が$120Mに達しています。この会社は製造工場を中国に置いており、従業員の90%は中国にいます。IPOも視野に入ってきた成長企業です。

Q: NanoGram Devices Corporationが買収されるまで、どのくらいの期間かかっているのですか?

NanoGram Devices Corporation はスピンアウトしてからわずか14ヶ月で買収されました。もちろん要素技術はNanoGramの時から開発されているものでしたけれども。その後、これら 2つの子会社の成長に合わせ、2002末年に会社の構成を変更しました。

Q: どのような目的で会社の構成を変えたのですか?

知的財産のホールディング会社として、設立時と同じ社名のNanoGramを再構築し、関連会社や研究部門の特許保有を集中させて管理するようにしまし た。当社のようなテクノロジー企業にとって、技術の蓄積と保護は大きな経営課題です。会社が成長するにつれ、知的財産保護の重要性が高まったため、会社の 構成を見直したのです。

Q: 現在NanoGram社が注目している分野は?

「光」と「エネルギー」です。「光」の分野では、液晶TVなどのフラットディスプレイやLED照明で利用される材料に、当社技術によってナノ粒子を混合さ せ、光の屈折率を変えることで光の利用効率を飛躍的に向上させることが可能です。実用化に向けてパートナー企業と共同で取り組んでいるところです。また、 ナノテクノロジーの使命として、「Save Energy, Save Resource」という言葉があります。LED照明を例に取ると、現在のLEDランプには、発生する光の8割程度が内部に反射しているという非効率的な 課題があります。実に残りの2割しか我々の手元に届いていないのです。内部に光が残ると、それは熱に変わる。その熱を抑えるために余分な材料が追加され る、という事が生じてきます。そこにナノ材料を活用してLEDランプの光をより多く外側に透過させることができれば、効率が上がって電力の消費量が激減す るし、使用する材料も減って、省エネ・省資源になるのです。また、エネルギー分野で最近注目されている太陽電池の開発も行っています。既存技術であるシリ コンを用いた太陽電池の製造において、当社の技術により、シリコン材料使用量を1/4~1/5にまで減らすことが可能と考えています。さらに、充放電が従 来よりも早い速度で可能なバッテリーも開発中です。このようにナノテクノロジーには「光」と「エネルギー」分野に活用される高い潜在力があります。

Q: 「エネルギー」分野は、短期間に成果を挙げるのが困難との見方もありますが、ナノテクノロジーのベンチャー企業として、どのくらいの期間で成果を出すことを考えているのですか?

ターゲットとしている市場やパートナー企業のニーズなどによって、成果の求められる期間は異なります。確かに「エネルギー」分野では、時間がかかるものも あるかもしれません。当社はパートナー企業との応用技術開発を行いますので、それに合わせて短期・中期・長期の目標を設定して事業運営を行っていますが、 特に短期の目標達成が命題になります。シリコンバレーのベンチャーキャピタル資本の会社はとにかく「スピード」を要求されるためです。基本的に短期と言え ば、24ヶ月以内を指します。もっとも、「エネルギー」のような大きなビジネスの場合は、投資家とも相談して中長期目標を掲げるケースもあります。

Q: NanoGramの要素技術は、自ら開発されたのですか?

我々が基にしている技術は、レーザーを用いる熱分解法によってナノ粒子を製造する技術なのですが、これはMITで開発された技術で、教科書にも載っている 共有技術です。この基礎技術の特許は誰も持っていません。ですが、この技術を用いてナノ粒子材料を量産化する技術を開発したのが当社なのです。この量産化 技術はNanoGramの特許です。

Q: その他に注目しているシリコンバレーの技術トレンドは何でしょうか?

シリコンバレーでは、クリーンテック(環境関連技術)の分野が注目されていますよね。特に太陽電池については、シリコンバレーが中心となってベンチャー企 業がたくさん出てきました。また、バッテリーの技術動向にも注目しています。最近では、省エネ技術としてバッテリーの効率化が注目されるようになり、シリ コンバレーのベンチャー企業であるテスラモータースが、リチウムイオン電池搭載の電気自動車を開発するなど、バッテリーもクリーンテックの一つとして伸び ることが期待されて、アメリカで再評価の機運が出てきました。環境問題に対するカリフォルニア州政府の法規制も厳しくなっており、シリコンバレーの動きと 連動して、クリーンテックは益々伸びていく分野だと思います。また、光の分野でも従来利用が多い通信分野ではなく、非通信分野での技術開発が盛んになって きているようです。非通信分野とは、例えばICチップ内のインターコネクトに電子ではなく光を利用して安定化させる技術などがあり、インテル辺りは力を入 れているのではないでしょうか。光のデバイスと超LSIをインテグレイトする技術は、非常に開発が困難な技術ですが、今後注目されると思います。さらに米 国の技術で強い分野として言えば、ヘルスケアの分野がありますね。Genentecといったメディカル分野の成功企業もあり、この分野もシリコンバレー注 目のトレンドと言えるでしょうね。

Q: 話を過去に戻しますが、シリコンバレーで起業されることになったきっかけをお聞かせください。

NanoGram社の前身は、国際基盤材料研究所(ICMR)という日本で起こしたベンチャー企業の米国に設立した研究所でした。

Q: なぜ米国に研究所を設けることになさったのですか?

当時、全く新しいマテリアルをボトムアップ的に開発することに関して、日本はあまり強くありませんでした。自分たちの研究開発に必要なリソースが日本には揃っていないと感じていましたので、MITでの経験もあり、米国での研究開発が必須であると考えていました。

Q: 米国で研究所を設置した場所はどこだったのですか?

シリコンバレーではなく、ケンタッキー州レキシントンでした。MITでの研究仲間が当時そこにいたことが主な理由です。ナノ材料の研究がケンタッキー大学 で進んでいたからです。元々私は原子・分子の世界を研究をしていましたが、大学の先生やそこで知り合ったNanoGram共同創立者のDr. Biらとの出会いもあって、ナノの世界に関心が移っていきました。ナノスケールで材料の構造をコントロールすることによって、全く性質の異なる材料が出来 ることに非常に興味を持ちました。

Q: 研究所から新会社を起業することにした理由は?

研究成果を使ってナノ材料の量産化が出来るようになることがわかり、もっと大きなことができるのではないかと考えるようになりました。そこで、Dr. Biと共同でNanoGramを設立し、大規模な資金調達を行うことにしたのです。

Q: なぜケンタッキーではなく、シリコンバレーで起業したのですか?

資金を提供してくれたのが、シリコンバレーのベンチャーキャピタルだったからです。最初に投資することを決断してくれたのは、当時最大手のベンチャーキャ ピタルだったIVP(Institutional Venture Partners)社でした。ベンチャー企業として無名であった我々をサポートしてくれたことを、とても感謝しています。

Q: 東海岸のベンチャーキャピタルからの出資はなかったのですか?

初めから資金調達はシリコンバレーを中心に考えていて、東海岸を全く見ていなかったですね。リスクテイクしてベンチャー企業を育てようというカルチャーがあるのは、やはりシリコンバレーが最大です。

Q: シリコンバレーで起業されて感じたシリコンバレーのメリット・デメリットは?

私はポジティブ思考の人間ですから、デメリットはあまり考えません(笑)。メリットは「スピードが早いこと」と「人」ですね。特にベンチャー企業にとって 必要なことは、事業を運営していくチームを作ること。この点において、シリコンバレーの環境は秀逸で、世界で一番必要な人材が揃っている地域だと思いま す。私は研究者出身ですから、技術チームを集めることは出来ました。けれども企業と言うのは技術チームだけではなく、経営チームが必要です。少なくとも CEOは不可欠です。この時、出資者のベンチャーキャピタルが非常に大きな役割を担ってくれました。NanoGramの場合、最初代行CEOとして、ベン チャーキャピタルからの派遣を受け入れました。ベンチャー企業の経営経験が豊富なCEOだったこともあり、とてもうまく行ったと思います。東海岸のベン チャーキャピタルの場合、今はシリコンバレーに近づいてきたのかもしれませんが、当時はR&Dに詳しくても、経営チームを構成する力は弱い、とい う感じでしたから。

Q: 「人」という観点で言えば、シリコンバレーは非常に流動性が高いですよね。その事はマイナスにはならないのでしょうか?

仰るとおり、シリコンバレーの人材は流動的です。しかし、企業自身がチャレンジングなビジネスを行っていて、企業内に良いカルチャーがあれば、そう簡単に 従業員は離れていかないと思います。NanoGramもありがたい事に、創業時からの従業員が多数今も残っています。NanoGramにも色々と大変な時 期はありましたが、常にチャレンジングな仕事を続けてきたからかな、と思いますね。

Q: デメリットはあまり考えないということですが、敢えて挙げるとすれば?

メリットでもあるスピードの早さが、デメリットになることがありますね。ベンチャーキャピタルは、出資判断に際して、参入する市場が非常に大きいことと、 企業の急成長が見込めることを求めてきます。創業間もないベンチャー企業に対しても、大企業並の$500Millionや$1Billion規模の潜在市 場が求められます。その要求に応えるためには、長期的なビジネスモデルだけではなく、短期的な目標設定が否応なく必要となります。日本の企業の場合、リス クを最小限にするために、事業を小さく始めて大きく育てようとする傾向があるように感じます。それで素晴らしい結果を出されている企業もありますので、必 ずしも間違っていないと思いますが、シリコンバレーでは受け入れられにくいカルチャーだと思います。また、自社の技術開発が進むと、知的財産の蓄積と活用 を考えながら経営していかなければなりません。そうなると、数百万ドルではなく、数千万ドルオーダーの大金が必要になってきます。そのためには多額の資金 調達が必要となるため、リスクテイクできるベンチャーキャピタルにサポートしてもらうことになる。そして彼らの要求に応えるため、短期目標達成をも示すビ ジネスプランを描けなければならないのです。

Q: シリコンバレーでの起業経験を踏まえ、神部さんから見た日本の起業環境はどうでしょうか?

シリコンバレーの強みと比較すれば、やはり「人」が不足しているように思います。ハイテクベンチャーの技術を持った方は日本にもいると思います。しかし、 その方たちの起業を横からサポートする人材、先ほどお話したCEOであるとかベンチャー企業を経営していくチームを構築する人材が少ないのではないでしょ うか。資金面が問題ではないと思います。チームに必要な人材を集める時に活躍する、シリコンバレーにいるようなベンチャーキャピタリストが少ないこともあ るかもしれません。シリコンバレーのベンチャーキャピタリストは投資先の事業運営に対して、積極的に口出ししてきます。人も送り込んでくるし、ガバナンス に対してもアドバイスする。このようなベンチャーキャピタルが、起業のインフラとして日本にも必要であると思います。

Q: 神部さんご自身の今の目標は何でしょうか?

今の目標として言える事は、当社に出資してくれている株主の皆様に対して、ファイナンス面で早くお返しをしたい、ということですね。当社は創立以来、また 創立する前からも多くの人たちにサポートしていただいてきました。その御礼は、やはり当社の成功よって金銭的に示すことが必要だと思っています。 NanoGramを支えてくれている従業員たちの恩にも報いたいですね。

Q: では最後に、今後取り組んでいきたいことについてお聞かせください。

これからまた新しい会社を起業したいとか、そういった事は、今はあまり考えていません。ただ、自分を育ててくれた社会に対して、何らかの形で還元していき たいと思っています。起業してここまでやってきたのは、何も自分一人の力ではありません。いろんな人を通じて良い経営チームを作ることができましたし、起 業する前からたくさんの人に自分に必要なリソースを提供してもらってきました。その社会のサポートがあってこそ、という感謝の気持ちを強く持っています。 特に「教育」は、大事な自分の土台でもありますので、大学で授業をしてほしいとか、企業セミナーなどで経験を話してほしいというお話をいただけば、出来る だけ積極的に関わって自分の経験を伝えられれば、と思っています。

Q: もっとも伝えたい事は何でしょうか?

私には2つのモットーがあります。一つは「Life is short.」。短い人生で、自分のやりたいことを実行していく大切さを失わないように考えています。もう一つはその逆で、「Life is long.」(笑)。これは、人生は長いのだから失敗を恐れる必要はない、やり直すことはいつでも出来る、という考えです。このことを自分の経験を通じて 伝えていきたいですね。

(聞き手:ラッキーみちる、八木誠吾)


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