桝本 博之氏 (ますもと ひろゆき)

桝本 博之氏 (ますもと ひろゆき)

(略歴)

 

http://svjen.org/archives/staff/post_61.html

 

Q:東洋紡という大企業の管理職からベンチャー企業の社長になられたきっかけは何ですか?

 

 

大企業の経営理念は「維持すること」ですが、ベンチャー企業の経営理念は「成長すること」だと考えます。「守り」ではなく「攻め」の経営に憧れ、東洋紡にいた頃から機会があればベンチャー企業で働いてみたいと思っていました。95年に起きた神戸大震災によって、その踏ん切りがついたように思えます。その当時の私は、営業担当で海外を飛び回っていて、妻が二人目を妊娠していたにもかかわらず、家族と一緒に過ごす時間が殆どありませんでした。そして、ようやく日本に戻ってきた直後に、あの大地震が起きました。町は瞬時にして大混乱に陥り、あちこちで悲痛な叫びが聞こえてくる。そんなパニックの中、「一度きりの人生、後悔はしたくない」と思いましたね。

 

 

その後タイミング良く、CLONTECH Laboratoriesというシリコンバレーに拠点を置く研究用試薬メーカーから営業部長としてのオファーがあり、即「OK」と返事を出しました。それがシリコンバレーに来たきっかけです。CLONTECHでは43カ国にも及ぶ海外販売チャネル構築を任せられ、また多忙な日々が続きましたが、あまり苦労は感じませんでした。しかし、英語でのコミュニケーションにはさすがに苦労しました(笑)。社内には私以外に日本人がいなかったので、当然のごとく社員同士の会話は英語ですが、29国籍を持つ社員で構成されていたシリコンバレー特有の企業環境でしたので、完璧な英語を話すプレッシャーみたいなものはなかったですけどね。アメリカの企業が海外向けの営業を行う際によく失敗する理由は、アメリカ流のビジネススタイルをそのまま相手に強制しようとするところだと考えます。異文化を理解しようというより、異文化から理解されようとする気持ちや態度をよりアピールし、交渉に持ち込むのが私の営業スタイルでしたので、ネイティブの営業マン以上に会社に貢献できたと思います。

 

 

入社してからの3年間は本当にエキサイティングでした。入社時に120人だった従業員数が、3年間で380人にまで拡大し、全員が一丸となってIPOを目指していました。しかしある日突然、オーナー社長の方針変更により、IPOではなく大企業への売却が決まったのです。「裏切られた」と思いましたね。オーナー社長には大金が舞い込んできたが、IPOを信じてがむしゃらに働いてきた社員達への報酬はそれに比べあまりにも少なく、信頼を失った多くの社員が辞めていきました。残った社員達も、仕事に対する情熱を無くし、朝から晩までコンピューターに向ってデイトレードをしている状況でした。会社がグタグタになっていき、ここにはもういられないと思ったことが起業理由の一つ。もう一つは、ベンチャー企業で挑戦して、少しでも社会貢献がしたいと思ったことです。

 

 

Q:どのような事業内容で起業されようと思ったのですか?

 

 

自分の強みは何か?と真剣に悩みました。「関西弁がうまい」というのは冗談ですが(笑)、私以上に日本をよく理解している人が周りにいないという当たり前のことに気付きました。私は医者でも研究者でもありませんので、新薬を創って苦しんでいる人を助けてあげることはできません。しかし、直接的に助けることはできなくても、間接的にサポートするような仕事だったらできると思いました。日米間のバイオビジネスの架け橋役になり、双方のギャップを埋めることで、より多くの患者さんを救うことが可能になると考えた私は、台湾人のパートナーと二人で起業することにしました。

 

 

起業して2週間後、また突然の嵐がやってきました。台湾人のパートナーから「やっぱり、やめておくわ」と言い渡されたのです。頭が混乱する中、彼に理由を聞いてみると「ビジネスの架け橋だけではなく、台湾からお金を集め、ベンチャーキャピタルとしても活躍し、米国企業に投資をしたいと考えている」と言われました。ベンチャーキャピタルとしての仕事に興味がなかった私は、彼と一緒にやっていくことを断念しました。こうして私は起業してから2週間で、共同創立者を失ってしまいました。この日はさすがにポジティブ思考の私でもへこみました(苦笑)。おそらくこの日がBBIの最大の危機だったと思います。

 

 

Q:その後どうなされたのですか?

 

 

共同創立者をリクルートすることもなく、一人で会社を立ち上げていきました。通常ベンチャーというものは、コアテクノロジーを有し、製品の開発・販売にあてる資金を調達しながら、赤字経営から黒字経営へ転換していくのが一般的です。私の場合は、最初の3年間は自己資金でまわしていきました。幸いにも2年目から黒字化でき、時代に沿ったビジネスモデルへと確実に進化していくことができました。前述にもありますように、ベンチャー企業の経営理念は「成長すること」です。自己資金のみではこれ以上成長が望めないと考えた起業3年目に、外部からの資金調達に踏み切りました。

 

 

Q:ビジネスが軌道に乗り、既に黒字経営をされていたということで、資金調達はわりと簡単にできたのではないですか?

 

 

投資が冷え込んでいた2003年ではありましたが、ベンチャーキャピタル、エンジェル投資家から$4.3M4ヶ月間で集めることができました。

 

 

QB-Bridge International Inc.(BBI) の事業内容について詳しく教えてください。

 

 

BBI設立時から行っていることは、研究試薬の販売業です。販売業といっても商品を右から左に流すだけではありません。お客さんの欲しい物をいち早くキャッチし、その商品の関連情報も併せて提供するようにしています。例えば、大学の研究先に出入りをしているディーラーさんがいたとします。「この文献に載っている商品は何だろう?」と先生から聞かれる。ディーラーさんはその日の夕方、メールでB BIに問い合わせをする。BBIはデータの提供先に直接連絡をし、商品の入手可能時期やテクノロジーについて詳しく調査をする。ディーラーさんが翌日研究所にいく頃には説明資料が全て揃っている、といったような具合です。このようなサービスを繰り返していくうちに、取引先と信頼関係がうまれ、試薬以外のオーダーも入ってくるようになりました。大塚製薬といえば日本を代表する製薬会社の一つですが、その大塚製薬が開発した試薬のワールドワイド独占販売権を獲得することもできました。増資後は、1998年にアンドリュー・ファイアーとクレイグ・メローという二人の教授が発見したRNAi (RNA干渉)のテクノロジーを基に、試薬の製品開発を自社で行っています。また、日本発バイオベンチャーの米国進出を支援するため、2006年に日本貿易振興機構(ジェトロ)とインキュベーション事業で提携をし、現在12社のバイオベンチャーが、当社のラボで活躍しています。

 

 

 

Q:他社と比べての御社の強みを教えてください。

 

 

優れた人材です。現在、日本の支社も含むと社員数は30人弱です。採用する際に一番気をつけていることは、将来のビジョンを明確に語れ、独立心を持っている人材であるかどうかということです。本当に社員には恵まれました。起業したばかりの頃、朝の挨拶は必ず「How are you?」ではなく「Are you happy?」でした。毎日出勤するのが楽しい会社作りをモットーに、社員とのコミュニケーションは大事にしています。

 

 

Q:今後の事業の方向性についてはどうお考えですか?

 

 

「がんばれニッポン」をテーマにこれまで事業を進めてきましたが、多少は社会貢献できたと自負しています。今後は、「日本」「アメリカ」といった国に拘るのではなく、ボーダレスは橋渡しをしていきたいと思っています。B-BridgeBはバイオのB、すなわちバイオの架け橋という意味ですが、これからはビジネスのBに育てたいと考えています。バイオに限定するのではなく、ヘルスケアや他の分野にも広げていきたいですね。基本的にはこれまで行っている業務はそのまま継続しますが、数年後にはまったく違ったビジネスモデルになっているかもしれません。実際に、新規プロジェクトをいくつも抱えているのですが、この場でまだお話しできないのが残念です。Stay tuned!

 

 

Q:最近は、「金融危機」「レイオフ」「倒産」、といったような暗い話題をよく耳にしますが、米国進出を考えているベンチャー企業に何かメッセージはありますか?

 

 

マーケットがどこにあるか、これが全てだと思います。日本人だから日本で事業する、シリコンバレーがメジャーだからシリコンバレーで事業する、という感覚では失敗するだけでしょう。サッカー選手でも野球選手でも、メジャーリーグで花開く人もいれば散っていく人もいます。散っていく人達というのは、現地のやり方に適応できていなかったのではないでしょうか。私が渡米したばかりの頃は、自分が日本人であることを故意に忘れる努力をしました。日本に本社があって、シリコンバレーに現地法人を作るというパターンは、大企業では成り立つかもしれないけれど、小さい企業ではワークしないですよね。現地法人を本社にするぐらいのマインドセットを持つ企業であれば、今の不況も乗り越えていけるのではないでしょうか。あと、「日本発」にあまり拘らないほうがいいと思います。例えば糖尿病や肥満の研究に使う試薬を作っている日本企業があるとします。日本の場合だと、まずは文献を読んで、A先生、B先生が使っているから、その新しい試薬を使おうという話になりますが、アメリカの場合だと、A先生、B先生がまだ使っていないから先取りしようと考える。アメリカの文献で優れた評価を得ることができると、日本市場でヒットは間違いないですから。

 

 

Q:目標とされている起業家もしくは人生の恩師的存在の方はいらっしゃいますか?

 

 

人生の恩師という意味では、私の以前の上司で、東洋クロスの社長をされている早川和彦氏です。早川氏から教わった言葉で「至誠天通」という言葉があります。本来は「誠実な心、真心は天に通じる」という意味ですが、「常に自分には正直にいて、人には嘘をつけ(笑)」というのが早川流の解釈でした。己だけは騙せないということを覚えておけ、というのが彼の教えでした。

 

 

Q:それでは最後に、新SVJEN Chairmanとして、メンバーの皆様にメッセージをお願いします。

 

 

SVJENは決して起業で成功した人達だけの会ではなく、起業に関心がある、起業家のサポートをしている人、そういった人達が集まり、お互いを刺激し合いながら切磋琢磨できる会だと思っています。日本やアメリカのシーズをメンバーの皆さんと討論しながら、少しでも個々のビジネスに繁栄させていけるような会を今後は目指したいと考えています。また、起業家を支援する他組織とも積極的に係わりながら、ネットワークをより深く構築していきたいと思っています。

 

 

(聞き手:ラッキーみちる、高嶋綾香)