糸井名生氏の柳通り便り「なぜ起業したか」

Itoi,LLC 社長
 糸井名生(いとい・なおまる)氏


今 回から、SVJEN (Silicon Valley Japanese Entrepreneur Network) のホームページでも柳通り便りを掲載して頂くことになりました。今までより読んでくださる方の数が増えることになりますが、これまでと同じ内容とスタイル で書いていきますので、今後ともよろしく。

今回は、起業の第一段階である「よし始めてやる」という決心になぜ至ったかについて書きます。


人が起業する理由は色々あり、お金持ちになりたい、社長になって権力をふるいたい、というのがおそらく一番多い。キャリアパスの一段階として、あるいは、 とりあえずやってみたい、という人もいるでしょう。私の場合は、お金や権力が欲しかったわけではなく、エンジニアとしてのキャリアの階段を登ろうとする と、これしか道がない、と思ったことが理由です。

5年ほどシリコンバレーの会社数社で働き、エンジニアとして経験を積みました。自信が出てくると、さてその後どうする、という疑問がわいてきます。いちばんよくある道は、エンジニアをやめてマネージャーになること。セールスやマーケティングに転じる人もいます。

しかし、私には、そのいずれもピンと来ませんでした。上に挙げた道では、どれも実際のエンジニアリングから離れることを意味します。ソフトウェアエンジニアである私の場合は、コーディングの仕事を手放すことになります。

また、会社で働いていると、上層部の決定に関して、「その判断はまずいんじゃないか」と思うことがしばしばあります。例えば、もっとお客さんの意見を取り 入れて使いやすいものを作ったほうがいいんじゃないか、新技術を怖がらずに取り入れたほうがいいんじゃないか、逆に、この新技術は無意味だから取り入れな くてもいいんじゃないか、など。そういった自分の意見が上層部に取り入れられるとは限りません。

エンジニアリングに携わることができて、しかも会社の判断に影響を与えられる立場、というと、小さな会社の社長か副社長しかありません。しかし、黙っていても誰かが「君、副社長にしてあげるよ」と言ってくれるほど世の中は甘くありません。

そう考えると、自分で始めるしかない、と、30歳くらいのときに決意しました。「起業家」という言葉には、普通の人と何かが違う人種のような響きがありますが、私はそうではないと思います。自分で仕事を始めよう、と決めたら、その日からその人は起業家です。

起業家になると、身の回りの物事に対して、違う視点を持つようになります。例えば、会社で働いていることは、無料でトレーニングを受けられて、ネットワー クも作れ、さらに起業資金までもらえる期間、と受け取れるでしょう。ニュースを見たり人の話を聞いたりすると、それに自分が携わったら商売になるか、と考 えるようになります。

また、起業というのは即ち学ぶこと、ということにも気付くでしょう。お客さんはどこにいて、何を欲しがっているか。自分一人でそれを作れるのか、他の人と 一緒にやるのか。組む相手はどういう人がいいのか。いつ会社を立ち上げるか。どんな形態の会社か。どの弁護士に法的アドバイスを頼むか。効率的に交渉する にはどうするか。仕事と生活の区切りをどう付けるか。精神的ストレスをどう減らすか。うまく行かない時期をどうやり過ごすか。

このような視点は、たとえ起業しなくても、持っているといいものだと思います。会社の中で働く場合にも役に立つでしょう。皆さんも、実際に自分で仕事を始 めるか始めないかはともかくとして、自分が起業するとしたらどういうふうにしよう、と考え始めてみると、新しいことが見えてくるかもしれません。将来起業 するとしたら、学び始めるのに早過ぎるということはありません。

(糸井名生氏のブログ「柳通り便り(http://blog.goo.ne.jp/naomaru1)」より転載)


糸井名生(いとい・なおまる)氏

1973 年生まれ。名古屋大学工学部情報工学科卒。1996年に渡米し、ミシガン大学コンピューターサイエンスの修士・博士課程へと進学。電子認証などのセキュリ ティプログラムに関連する研究でPh.Dを取得。2001年、サンマイクロシステムズへの入社を機にシリコンバレーへ。アクティブカード社などを経て、 2007年4月Itoi,LLCを起業。



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