糸井名生氏の柳通り便り「自閉症児支援デバイス」

Itoi,LLC 社長
 糸井名生(いとい・なおまる)氏


明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしく。

今回は、先月書いたセキュリティ関係の仕事と並んで、私が力を入れている自閉症関係の仕事について書きます。

自閉症の子供は最近増えていて、アメリカでは150人の子供のうち1人が自閉症と診断されるとのこと。その症状の一つが、人とのコミュニケーションがうま く取れないということで、それが社会生活の障害になります。その解決のために、コミュニケーション支援デバイスがいくつも開発されています。例えば、子供 が英単語を入力したり、絵を選択したりすると、何が食べたい、どこに行きたい、と子供に代わって声を出してくれるデバイスです。

しかし今市場に出ているデバイスは、大きくて重く、値段も高いものばかりです。重いデバイスを持ち歩くのは子供には負担ですし、落として壊す恐れがあり、そのたびに親の出費がかさみます。これをなんとか解決できないだろうかと相談を受けたのがこの仕事の始まりでした。

最初に開発したのは、携帯電話上で使える支援アプリケーションです。現在使われている携帯はどれも、Javaアプリケーションを走らせることができます。 誰でも持っている携帯電話を使うので、ユーザーが新しいハードウェアを買う必要がないのが利点でした。このアプリケーション開発には数ヶ月かかりました が、ユーザー数が増えず、プロジェクトは失敗に終わりました。日本の携帯電話はプロバイダ(ドコモ、KDDI、ソフトバンク)によって開発環境が違うの で、プロバイダごとに異なるアプリケーションを開発する必要があります。また、機種によっても動作が違うので、この機種で動いているのにあの機種では動か ない、という問題がよく起きました。私一人ではとても全ての機種をサポートできません。アプリケーションをインストールしてから、立ち上げる方法も複雑 で、しかも機種によって違います。自閉症の子供を持つ忙しいご両親達に、マニュアルを読んで立ち上げ方を勉強して、というのは無理なお願いでした。

次に試みたのは、専用の小型デバイス上での支援アプリケーションの開発です。一台2万円ほどのハードウェア代がかかりますが、テストはこのデバイスだけで すればいいので、開発コストは安くすみます。今、市場に出ている製品より小さく、軽く、安く作れるはずです。また、電源を入れるだけでアプリケーションが 立ち上がるので、携帯電話上のアプリケーションの使いにくさの問題も解決されます。

自閉症児教育の専門家であるスピーチセラピストの一人がこのデバイスに興味を持ってくれました。モニターとして、テストし、助言してくれています。知り合いのお子さんや、セラピストに、自分の開発したデバイスを使って喜んでもらえるのには大変感動しました。

モニター試用をしていただいた結果、デバイスの仕様(絵、音声、操作法)はセラピストと子供にあわせて変える必要があるのがわかりました。セラピストの教 育方針、子供のセラピーの進み具合によって仕様が変わります。子供の好きな食べ物やおもちゃの絵を、デバイスに載せてセラピーで使うのですが、これらは当 然、子供ひとりひとりに合わせて違うものを載せなければいけません。そこで、一つのプロダクトを大量生産するのではなく、セラピストと相談しながら、それ それの子供に合うよう、デバイスの中身を作り変えていく、というサービスを中心としたビジネスを考えています。

人の役に立つ物が作れて、自分の家族が食べるのに困らないぐらい稼げたら、エンジニアとしてそれに勝る喜びはないなあ、と思う今日このごろです。


(糸井名生氏のブログ「柳通り便り(http://blog.goo.ne.jp/naomaru1)」より転載)


糸井名生(いとい・なおまる)氏

1973 年生まれ。名古屋大学工学部情報工学科卒。1996年に渡米し、ミシガン大学コンピューターサイエンスの修士・博士課程へと進学。電子認証などのセキュリ ティプログラムに関連する研究でPh.Dを取得。2001年、サンマイクロシステムズへの入社を機にシリコンバレーへ。アクティブカード社などを経て、 2007年4月Itoi,LLCを起業。



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