岡田謙之氏のシリコンバレー起業マニュアル「「間違った判断」は最悪の判断ではない!?」他

Miselu Inc. Co-Founder&CTO
 岡田謙之(Noriyuki "Ken" Okada)氏


少しゆるく行きます(06-28-2008)

Miseluに完全集中できるようになってからもうすぐ1ヶ月。すでに激忙モード突入。最初の増資のための準備に入っているため。

そのおかげでブログの更新も滞っているけど、最近少し構えて書きすぎてきたので、少しゆるく行くようにしてエントリーを増やしたいと思います。気合い入れ て書くとちゃんと反応があるのが嬉しかったので結構気合い入れていたのですが、もう少し書き捨てモードでやらないとエントリーが書けない。

Twitterを始めたのも少し影響してる。「今こんなことしてる」とか「こんなこと考えてる」とかいうことはTwitterでやったらいい感じになって きたのであまりブログに書かなくてもいいじゃん、みたいになってきたからだ。理想的にはそういうのはTwitterなどで書き捨てて、きちんと伝えたいこ とをブログに書くという使い分けができればいいんだけど、あまり構えているとほとんどエントリーがなくなりそうだ。

というわけで、ブログのほうはもう油断した感じでリラックスしていきます。突っ込みどころなども出てくると思うのでどんどん突っ込んで下さい!

起業家のクレイジーさ(06-29-2008)

日本からシリコンバレー視察に来た学生さんたちと話をしていて「起業家とは何か」が話題になった。

一つのキーワードとして出たのは「クレイジーさ」だった。起業家はクレイジーでなければならない。クレイジーの定義は人によって多少変わりそうだが、思い切り上品に言えば「ビジョンを示し、言葉で人を動かせる人」ということだと自分は考える。

言葉で人を動かすのは難しい。人が自分の言葉を聞いてくれるかどうかは、普通は自分がこれまでに培ってきた経験や実績による。しかし実績をきちんと積んで いこうとすると時間もかかる。ある時点から、具体的な実績を積み重ねる過程をすっ飛ばして、先に先に考えをめぐらせていくこと、その思索の末に行き着いた 結論を自分の中で持っておくことの重要性のほうが大事になってくる。こうしないと間に合わないのだ。

また、スタートアップでは物事のプライオリティが毎日変わる。そんな中でいちいち「こないだと言ってることが違うじゃないですか」というような細かいコ ミュニケーション上の問題に対応している時間はない。「今のプライオリティはこうだ」と言い切ってもチームや株主が付いてくるような存在感を出していかな ければならないし、多少の無理を承知で物事を押し進めるタフさも必要だ。その辺の無理を吸収出来る人間力もとても大事になってくる。

この辺の、論理や実績をすっ飛ばした感じや、多少の無理も包み込める人間力のオーラが起業家に必要なクレイジーさだと思う。分かりやすく言い換えれば 「ハッタリ」である。ハッタリというと実体のない虚勢というように聞こえるが、そうではない。「まだできるかできないか分からないけれどチャンスはありそ うだ」と思うものに対してまず「できる」と言い切るところから始めなければ物事は始まらないのだ。起業家が自ら「できる」と言わなければ誰もそれを言える 人はいない。「まだできるかどうか自信はないんですが」という起業家に投資するVCはいない。他方で、ハッタリ的要素がなくなるほどに足元を強固に固めて 積み重ねていく時間はスタートアップには無い。このハッタリは論理的に言ってもベンチャースタートアップには必要な要素なのだ。

だから「ハッタリばかり言って人に信用されなくなるのが怖い」と及び腰になる必要はない。論理的に必要なのだから、堂々とハッタリをかましたらいい。そのハッタリがなければ何も起こらないのだから。

「でもハッタリはハッタリだし」と思うのなら、日々を精一杯生きることである。これだけ嘘なく、一生懸命やっている自分が、自分を信じて考え抜いた結果がこのビジョンである、という自信が持てれば、ハッタリをかますのも怖くなくなるはずだ。

もう一つ考えてみると、「あいつはクレイジーだ」と言われるような起業家になった時、それが単なる中身のないハッタリだったらそれが大したことないのは誰 にでも分かる。しかし、「あいつはクレイジーだ」と言われるようなことが、実は思索を重ねた末に到達したアイデアだったら・・・それは超絶に強力だ。

「間違った判断」は最悪の判断ではない(07-07-2008)

「判断」には3種類ある。一番良いのは「正しい判断」。次に良いのが「間違った判断」。そして最悪なのが「判断しないこと」。

スタートアップベンチャーでは会社や自分の置かれた状況が常に変化し、毎日がdecision makingの連続だ。その中で、常に正しい判断を採り続けられれば言う事無しだが現実にはそうは行かない。時には間違った判断をすることもある。

むしろ大事なのは、間違った判断をした時でも次善策を採ることのできる柔軟性(というか現実的にはプライドの無さとガムシャラさ)である。自分が行った 「間違った判断」によって次に採りうる選択肢を狭めてしまってはいけない。自分の採った判断が間違いでなかったと見せかけるために論理をこじつけても良い ことは何もない。周囲にはとうに気づかれている。自分が間違ったことを認めて、会社がその状況からでも一歩成功に近づくためにはどうすれば良いかをプライ ドを捨てて考えられるかが大事である。

このように「間違った判断」を時にはしながらも、常に判断を行って物事を進めることが何よりも大事だ。「判断を保留する」ことが何よりもまずい。判断が正 しかったか間違ったかの結果を出し、それによって会社や自分の採るべき方向性が正しいかを常に見直す姿勢を取るのをクセにするのが良い。「判断を保留した こと」が正しかったかどうかを測るのは非常に難しいし、状況が常に変化する環境にあっては保留することで「様子を見る」余裕は無く、むしろ常に視点を変化 させながら自分の立ち位置や視界を確認していく必要がある。そうしないと最も重要な判断が必要な時に状況が手遅れになっているという危険もある。

判断に迷うことがあるのは当然で、ギリギリの線で頑張っていればいるほど迷う。これという決め手が無く、それでも「AかBか」の判断をしなければならない 場面は多々ある。そんな時にはどうすればいいかというと、実は「どちらを採っても正解」である。どうしても決め手がない場合は、考え抜いた後は最後は自分 の好みや勘に頼れば良い。後は、「選択した方の判断が正しくなるように」とことん努力するのみだ。その結果、後から初めて「あの選択は正しかった」と言え るようになる。

判断を行うのには勇気がいる。大きな判断はなおさらだ。こういうところできちんと判断を下せるようになるには、慣れるしかないように思う。普段から「置か れた状況に対して判断を下して行動を取る」ということに慣れていないと、突然の大舞台で大きなdecisionを下す役回りが回ってきた時に、「判断を保 留する」以外の選択肢を採れなくなることがあり得る。つまりそれは「最悪の選択肢」である。

間違った判断をした時には周囲から一時的に評価が落ちるかも知れない。これを乗り越えるには、言い訳やこじつけでなく、正面から自分の人格をかけて問題に 取り組み、周囲の協力を取り付けながら真剣に状況を良くしようとすることしかないと思う。また他方で、「自分の責任で間違った判断をしてしまったからに は、自分の責任で何とか盛り返す」ということにこだわってしまうと、得てしてますます状況が悪くなる。失敗を一旦認めて、チームワークで盛り返すようにす るのが良い。自分で背負い込むとさらに失敗を重ねるリスクが増大する。

(岡田謙之氏のブログ「シリコンバレー起業マニュアル」より転載)



岡田謙之(Noriyuki "Ken" Okada)氏

1972 年米国ニューヨーク州生まれ。幼年期をブラジル、少年期を横浜で過ごす。東京大学法学部を卒業後、ソフトウェア開発会社、アコースティック社を横浜に設 立。同社で自動編曲技術を使った着信メロディサービスを開始。2002年に米国シリコンバレーにインプロビスタ・インタラクティブ・ミュージック社を設立 し、米国AT&Tワイヤレスの公式サービスで着信メロディサービス「Mobjam」を開始。2006年に着信メロディ事業から撤退後、会社名をラ イオット社(Riottt, Inc.)に変更しSNSサービス「RIOTTT」を開始して再挑戦するが、軌道に乗せきれず解散。2008年4月からMiselu Inc.立ち上げに参画している。



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