岡田謙之氏のシリコンバレー起業マニュアル「難しそうな局面、のんびり行こう」他

岡田謙之(Noriyuki "Ken" Okada)氏

難しそうな局面、のんびり行こう (10-12-2008

金融やウォールストリート事情には全く疎い僕である。僕の理解では、ウォールストリートの株式市場が「取引市場ファクターによって増幅させた企業の将来の価値を現在に引き直した信用的取引」という仕組みによってベンチャーのExitを支えているからこそ「起業で成功して大金持ちになる」というインセンティブが強く働いている(あるいは、働いてきた)ので、ウォールストリートとシリコンバレーは密接なつながりがある。ただ、スタートアップから軌道に乗って成功が見えてくるまでの間は金融市場云々よりも目の前にやらなければいけないことがたくさんあるので、普段はあまり考えていない。株もやらないし、株式市場も今は興味ない。


そういう、東海岸方面にアンテナを張っていない僕でも、今回の金融ショックはかなりの大事らしいことは分かる。起業という面から考えれば、資金調達は総論的には難しくなるだろう。VCは既存のポートフォリオの「火消し」や救済のためにファンドを使うことを優先するだろうし、株式市場が活性化するなりしてExitの線が見えてこなければ新規投資もしないだろうからだ。


Sequoia Capitalの「RIP: Good Times」のプレゼン資料がとても良くできている。

http://venturebeat.com/2008/10/10/the-sequoia-rip-good-times-presentation-get-your-copy-here/

要約:

  • M&AもIPOも物価も下がって行き、今回の金融ショックは回復にかなり時間がかかる
  • 「$15Mの増資でポストマネーで$100Mのバリュエーション」というのはもう無いと思え
  • マーケットシェアを奪うことよりも資金を確保することのほうが今は大事
  • 顧客にとって『ないと困る』製品を作れ
  • 品質向上にフォーカスせよ
  • 社員の給与を見直せ
  • 利益を出すビジネスモデルで、一刻も早くキャッシュフロー・ポジティブになること
  • 対策を今すぐ取らないと、後で一気に死のスパイラルに落ち込む

シリコンバレーの有名なエンジェル投資家Ron Conwayも投資先にメールで警告を出している。

http://www.techcrunch.com/2008/10/08/angel-investor-ron-conway-adresses-his-portfolio-companies-over-financial-meltdown/

要約:

  • 3~6ヶ月のキャッシュは最低限確保しろ
  • 増資が必要になりそうなら今すぐ動き始めろ
  • 一流VCにこだわるな。資金を出してくれそうなところは全部当たれ
  • 現実的なバリュエーションを受け入れろ
  • 増資が難しいなら今すぐコストをカットし、売却先を本気で探せ
  • ビジネスパートナーにも資金援助を依頼しろ。できれば会社ごと買ってもらえ

というわけで起業するには全体の絵からすると難しい局面である。ただ、実際にはこういう時期には給料の相場が下がったり空きのオフィススペースが増えたりと、都合の良い事も増える。景気のいい時に資金を集めてお金をじゃんじゃん使いながらアグレッシブにやってきたところはこれからが大変だけど、今の状況を前提にしてこれから起業するのならものすごく大きなインパクトというわけではないと思う。Improvista社を2002年という不況の最中に始めた時も、資金集めには苦労したがそれなりに乗り越えた。Googleが大躍進したのも前回の不況の時で、優秀な人がたくさん採れたからラッキーだったという話を本(「The Google Story」)で読んだ。

とはいえ、僕の場合は今までの起業で大体、「自分の持ちネタ」は結構使い切ってしまった。デジタルミュージック、コンシューマWebといったあたりの分野だ。「企画ネタ」的なアイデアはそれらのエリアにもまだまだあるのだが、「利益を出すビジネスモデルを作る」という点に関しては結構難しい。そういう意味で「使い切ってしまった感」がある。大きなどんでん返しがないとも言い切れないが、それを仕込むには結構時間がかかる気がする。

ということで、少し充電期間を長めに取ろうと思う。自営業でソフト開発の仕事を取りながら、世の中の流れを眺めつつ事業アイデアを練り、いい話があれば会社に就職するということも考えている。他の会社がどうやっているのか興味もあるし、人脈も少し広げておければなお良い。まあ、どうなるか分からないけど、出たとこ勝負で即興プレイで行こう。

PS

この「即興」とかの辺り、感覚はミュージシャン的である。自分でバンドリーダーになってバンドを企画するのも好きだし、バンドを成長させていくのは楽しいプロセスだ。人数が増えたり減ったりしてもまあ何とかなるし、一人一人がちゃんと「音楽」を出来るメンバーならあんまりフォーマットやジャンルは関係なくちゃんとした音楽が出来る。ギグを取ってきたりギャラを払ったりとかもプロセスの一部として楽しんでやってる。他方で他人のバンドに呼ばれて手伝うのも楽しい。他のメンバーが素晴らしいミュージシャン達ならなおさらだ。16人編成のビッグバンドに呼ばれて与えられた譜面を読みながら期待された仕事をきっちりこなし、感謝されるなんていうのもうれしい瞬間だ。つくづく、自分は芸術家タイプに近くて、ギラギラした野心の塊のような起業家タイプではないのだなあと実感する。まあ、それもありだ。バランス、バランス。

 

昇給の扱いでの失敗 (10-14-2008

HotJobsの記事「会社があなたに教えない、給料に関する5つの秘密(5 Salary Secrets Your Company Won't Tell You)」にふと目が止まった。

http://hotjobs.yahoo.com/salary-articles-5_salary_secrets_your_company_won_t_tell_you-22

目が止まったのは「5つの秘密」のうちの第一項目、

「大体の会社を平均すると会社側で予算上用意してある昇給率は3.9%」

というところだ。これを見て思い出したことがある。

シリコンバレーでやり始めてしばらく経った頃、職探しをしているアメリカ人の友人がいた。ちょうど会社では製品のQA(品質テスト)をやるスタッフが足りなかったので、その友人を仲間に引き入れた。まだ売上も伸びていない頃だったので、会社のビジョンを説明して「一緒に頑張ろう」というメッセージの下、あまり良いとは言えない条件で加わってもらった。

手先の器用な彼は頑張ってくれて、QAの実行だけでなく、テストシートの作成や製品マニュアルの作成、説明用の仕様書の作成などを自分でグラフィックスを描いたりしながら行うようになった。会社の事務用品やオフィス家具のちょっとした修理も彼がやるようになった。そうしてしばらく経って、売上も伸びてきた頃、彼から「パフォーマンスレビューをして欲しい」と言われた。僕はその時、彼の意図があまり分かっていなかった。

つまり、「パフォーマンスレビューをして欲しい」ということは、「昇給を検討してくれ」というメッセージだ。ずっとスタートアップ企業ばかりやってきた僕としては、レビューのプロセスやどれくらいの給与額が妥当なのかなどを当時意識しないでやっていた。「とにかく立ち上げ頑張ろうぜ」みたいな感じ。

おそらく慌てて昇給に関する情報などを調べたとは思うのだが、何故か僕は「じゃあ2%昇給で」というようなことを伝えた。「レビューをしてくれというんだからすれば良いのだろう」という程度に考えてあまり深く内容を考えなかったのだと思う。後から人に聞いたところでは、2%というのは上記のサイトでも書かれているが「会社はあなたの仕事内容に満足していない」というメッセージに取られるのが常識的な感覚だそうだ。上記記事でも普通の社員側の感覚なら「6~8%を期待する」という線らしい。(でも実際は3.9%くらいしか会社は用意してないから4%くらいでも十分評価されたことになるのを知っておきましょう、というのが記事の趣旨だが)

そういうわけでこの友人は非常に不服そうな顔で、「自分はこれだけ多くの貢献をしているのに何で2%なのか。自分は最初、まず会社が雇いやすいようにかなり低い給料を受け入れた。不況なのは分かっているから、まず自分が妥協して、自分の能力を示してから給与レベルのアップを検討してもらおうと思っていたのに」と言った。

昇給には、物価上昇や実績評価を経て年次に上がっていく昇給である「raise」と、昇進や役職変更に伴う給与レベルの格上げによる昇給である「adjustment」があるが、彼は単に昇給を期待していただけでなく、adjustmentを期待していたのだった。

この点を汲み取れず、しかも給料の相場感などについてアンテナを張っていなかった僕は(つまり上記記事の第二点そのまま!)、彼に大きな不信感を植え付けてしまった。結局彼は後日他の理由で会社を退職することになるのだが、会社に対する不信感は消えないままだっただろう。

当時は売上などが出てきて多少会社らしくなってきたこともあって、昇給などについてもそろそろちゃんと考えなければいけないのかな~、と中途半端に考えていたことも良くなかった。やるなら専門家に聞いてちゃんとやる、やらないならやらないで「今はまだスタートアップ時期を抜けきっていないからレビューはしない。その代わり会社がいよいよ成長した時に必ず還元できるようにする」とハッキリ伝えるべきだったと思う。アメリカという慣れない地に来て、その辺のポジションを決めるのに躊躇したという部分もあったかも。

強いてここから教訓を得るとすれば、スタートアップと言えども(だからこそ?)予算には専門家に相談できるだけの余裕を持たせるべき、ということか(あるいは経験者の話を良く聞く)。自分で考え、手作りで解決していこうとするマインドも大切だが、きちんと必要性を見極めて外部の専門家や経験者を頼ることも大事、と自戒。

(岡田謙之氏のブログ「シリコンバレー起業マニュアル」より転載)

岡田謙之(Noriyuki "Ken" Okada)氏

1972 年米国ニューヨーク州生まれ。幼年期をブラジル、少年期を横浜で過ごす。東京大学法学部を卒業後、ソフトウェア開発会社、アコースティック社を横浜に設 立。同社で自動編曲技術を使った着信メロディサービスを開始。2002年に米国シリコンバレーにインプロビスタ・インタラクティブ・ミュージック社を設立 し、米国AT&Tワイヤレスの公式サービスで着信メロディサービス「Mobjam」を開始。2006年に着信メロディ事業から撤退後、会社名をラ イオット社(Riottt, Inc.)に変更しSNSサービス「RIOTTT」を開始して再挑戦するが、軌道に乗せきれず解散。2008年4月からMiselu Inc.立ち上げたが、同年7月末で退職。


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