岡田謙之氏のシリコンバレー起業マニュアル「就職しました。SVJEN起業家ブログも終了します」

 岡田謙之(Noriyuki "Ken" Okada)氏

就職しました。SVJEN起業家ブログも終了します(11-06-2008

少し前のエントリにも書いたが、不況に入るからといって起業そのものがものすごく難しくなるわけではない。VentureBeatのこの記事に書かれたような「むしろ今は起業に有利な時期だ」という理屈にもかなり同意する。ただ、自分の中で一旦「事業化する」ネタが尽きた感じがあり(儲からなさそうなネタはいくつかあるが)、アイデアが十分固まらないままに「起業するために起業する」というのも意味がないので、今起業するという選択肢は捨てた。起業家と名乗るのもやめる。


理由は他にもある。何と言うか、人生とか生活とかの考え方が少し変わってきた気がする。今はちゃんと価値を生む仕事をして給料をもらいつつ、自分が好きにやりたいことは仕事という形ではない方法で好きにやっていきたい。そして、もっと自分の好きなこと、ベースを弾いたり、自分の考えたネタを無料Webサービスとして公開したりということを仕事やお金と絡まない所でやっていく方が幸せだと思えてきた。


金融危機との関連で言うと、「『将来の企業価値としての本来の姿』に『取引市場ファクター』が加わって増幅された価値」を引当にしてベンチャー投資を行うということの根底が揺れているわけである。「IPOすればXXX倍になる」がもはや成り立たないのだから。この状態でもおそらく投資資金を集めること自体は可能だろうが、それに対して一定期間できちんとリターンを出せるという強い確信が得られないうちは外部資金は入れるべきではないと思う。そうなると、充分な自己資金が無い限りは、短期的に日銭が入って来るビジネスから小さく始めていくか、他に収入源を確保しながら自分の時間を削って仕込んで行くしかない。


前者で言えば、ソフトウェアの受託開発などの会社を作り、確実に売上を上げていきながら、軌道に乗ってきてから自社オリジナルの製品やサービスを作って行くという展開を取ることも可能だろう。しかし、個人でできることの増えた今の時代では、フリーランスでやっていくことのメリットの方が大きい。会社にした時のオーバーヘッドのほうが不利だと考えた。


ただ、フリーランスでやっていくのも問題がないわけではない。仕事が安定して入ってくるようになるまでは、結局不安定感を打ち消すために頑張って仕事をバンバン取って行くようになるだろう。するといくら起業のためのビジネスプランを練ったりプロトタイプやベータサービスを仕込もうと思っても、結局時間がないという結果になりやすそうだ。安定した時間の使い方に慣れるまで長い目でやるしかない。


結局最終的に、会社に就職することが今の自分にとって最適であると判断した。先月36歳になり、考えが保守的になってきたのかも知れない。しかし、ここからの人生で無茶できないことも事実。10年ほどスタートアップをやってきて、自分が本当にやりたいのは芸術作品を作るような意識でモノを作ったり表現したりすることだとも気づいた。起業というのはそれを実現するための一つの方法だったのだと思う。友人からは「気づくのが遅いよ!」と言われそうだ。まあ自分でも感づいてはいたのだが、起業という刺激的な目標に対してチャレンジしたいという思いが強かった。「ベースも弾けて起業もする」という活躍に憧れていた。しかし、それももういいかな。充分チャレンジはした。そろそろ人生に意味を付けていきたい時期に来たのだと思う。ベースが最近やっと少し満足いくように弾けるようになってきたというのも大きい。アメリカで音楽仲間も増え、人種の違いを超えて理解し合い、頼り頼られ、人との絆が出来て来たことに充実を感じ、それを中心に人生と生活を再定義したくなったのかも知れない。


シリコンバレーには居続けるつもり。Exitのところが崩れてきているが、シリコンバレー精神は崩れていないと感じるからだ。ここにいないと見られないものはまだある。起業家という立場から退いても、まだここで起こることは見ていたい。「自分のやりたいことを貫く」という生き方もシリコンバレー流だと思う。ここでは差別も偏見もなく、他人の人生をとやかく言う人は誰もいないからだ。まあ、「1年のうち300日が快晴」とも言われるこの気候が捨てがたいというのが実は大きいが。


起業やら何やらゴタゴタやってきて履歴書もゴタゴタした僕を雇ってくれる会社が幸い見つかった。ポジションは純粋なプログラマーに近い。ソフトウェアがまだまだ面白くなる時代に、管理職に落ち着いていくのは面白くない。どうせならモノを作るスキルは仕事としてどんどん磨いていきたい。・・・というのは多少こじつけで、不況に入って行くこの時代、そしてアジャイル開発的アプローチが広がりつつある今、管理職を採るところがあまりなく、手を動かしてモノを作れる人の採用のほうが多いという理由もある。最終的な決め手は、この会社のチームに惹かれたということだった。まだ設立して間もないスタートアップだが、とても感じのいいエネルギーに満ちていて、売上もあり、一緒に成長していけそうな感じがした。こんな僕を拾ってくれたことに感謝し、チームに貢献していきたいと強く思っている。



そういうわけで、会社に就職することになりました。このブログのタイトルも近日中に変えたいと思います。シリコンバレーにはこれからも居続けるので、シリコンバレーで仕事しながら自分の好きなことをやって生きている様子を少しでも発信していければと思っています。


また、SVJENに掲載していただいてきた起業家ブログも、担当者の方と相談して終了させていただくこととしました。短い間でしたが、大変多くの方々に拙いブログ記事を読んでいただくことができて深く感謝しております。本当にありがとうございました。


方向性は変わりますが、今後もこのブログをよろしくお願いします。

(岡田謙之氏のブログ「シリコンバレー起業マニュアル」より転載)

岡田謙之(Noriyuki "Ken" Okada)氏

1972 年米国ニューヨーク州生まれ。幼年期をブラジル、少年期を横浜で過ごす。東京大学法学部を卒業後、ソフトウェア開発会社、アコースティック社を横浜に設 立。同社で自動編曲技術を使った着信メロディサービスを開始。2002年に米国シリコンバレーにインプロビスタ・インタラクティブ・ミュージック社を設立 し、米国AT&Tワイヤレスの公式サービスで着信メロディサービス「Mobjam」を開始。2006年に着信メロディ事業から撤退後、会社名をラ イオット社(Riottt, Inc.)に変更しSNSサービス「RIOTTT」を開始して再挑戦するが、軌道に乗せきれず解散。2008年4月からMiselu Inc.立ち上げたが、同年7月末で退職。


記事についてのお問い合わせは、info@svjen.org まで。