アメリカの金融危機が日本のように「失われた15年」になることはない

トランス・パシフィック・ベンチャーズ(Trans Pacific Ventures LLC)
President & CEO
 安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)

 シリコンバレーで行きつけの日本料理屋の客が減った様子はない。クリスマス商戦はどこも大賑わい。アマゾンのネット通販は前年比伸びている。ガソリン価格が大きく値下がりし、ほっと一安心である。金融危機と騒がれながら、生活のどこが変わったのだろうか。

 変わった部分もある。日本料理屋に同じ頻度で来ても以前より安いものを注文する。買い物をするにも、高級品は買わなくなった。嗜好品は容器を小さくして買いやすい価格にしたものを買う。値引き幅が50-70%と大きいバーゲン商品を選ぶ。さらに値引きがありそうな商品は買い控える。こういうご時世でも、財布のひもをちょっと締めながら、貪欲に生活を楽しむのである。

 住宅価格は全国レベルで大幅に下落している。シリコンバレーでも周辺部分の住宅地では確かに落ちている。だが、中心部ではその実感はない。銀行抵当物件の安売りもない。2001年にシリコンバレーを直撃したインターネット・バブルの破裂に比べれば、今回の不況なぞ比べるべくもない。レイオフもあるが、新規雇用もある。ITもバイオもエネルギーも次世代を担う産業として引き続き大きな期待を集めている。

米エコノミストたちは意外に早い景気回復を予測

 日本ではアメリカの金融危機をどう見ているのであろうか。日本は90年代に不動産バブルが破裂して、「失われた15年」に突入した。アメリカの不況は長期間続くと見る意見が多いように思う。ではアメリカも日本と同じように「失われた15年」に突入するのだろうか。

 日本の不動産バブルは、ゴルフ場開発、遠隔地の高級リゾート開発等、どうしようもないような案件に巨大な金が流れていた。景気回復で簡単に盛り返すとは思えないようなプロジェクトに銀行が巨額資金を貸し出したのである。アメリカの場合は違う。小口の住宅ローンである。価格調整が進めば、再び市場価値のある不動産物件として取引されうる物件である。マクロ経済の回復で解決される問題なのである。

 アメリカでは最近まで「V字型の景気急回復が可能か」が議論されていた。リーマン・ブラザーズが倒産してからは、さすがにこうした議論は影をひそめたが、長期不況にはしたくない気持ちは強い。ウォール・ストリート・ジャーナル紙が54人のエコノミストに「不況脱出の時期」を聞き取り調査したところ、予想の平均値は「2009年4-6月が底で、7-9月から回復する」との結果がでた。意外に早い回復を予想しているのである。

 それでも今回の不況は1930年の大恐慌以来最長の不況になる可能性が高いと口々にいう。今回の不況の始まりは2007年12月であるから、仮に不況が2009年6月まで続いたとすると19ヵ月になる。戦後のアメリカの不況は長くても16ヵ月だった。1973年11月から75年3月までの16か月、81年7月から82年11月まで16ヵ月と2回あった。これがこの国の最も長いリセッションであった。

アメリカ人は不況を克服可能な人為現象と見る

アメリカと日本では不況に対する認識が違うように見える。日本は不況を自然現象のように「自分がコントロールできない現象」のように見たがるが、アメリカでは人為現象として「自分がコントロールできる現象」とみている。

 日本の経営者は今回の不況を「アメリカが不況だから仕方ない」、「だから対米輸出が伸びないのは当然である」と最初から諦めている。だから多くの非正規社員を解雇するのもやむを得ないと続く。まさに自然現象のように見ている。もちろん「輸出入依存度が高い日本経済」と、「自給自足の比率が高いアメリカ経済」の違いからくるところは大きい。だが、日本の経営者が、「経営者の責任ではない」と言いたいのがありありである。トヨタ、キヤノンといった経団連の会長企業から率先して非正規社員を解雇している。

 アメリカではそう見ない。不況は人間の果てしない欲望(Greed)と、企業の儲け優先主義が作り出した資本主義の循環現象である。欲望が行きすぎればバブルになるが、破裂すればリセッションになる。これも時間が経てばまた盛り返す。一部の行政機関にヘマがあったかもしれないが、個人も企業も自由経済の世界を自己責任で生きている。過度に管理経済にするのは良くない。だから金融機関の倒産はあるし、GMの倒産もありうる。

 アメリカ人は景気の停滞は克服可能な人為現象であり「早く克服するのは政治家の腕次第」とみる。オバマ次期大統領は、財務長官に現ニューヨーク連銀総裁のガイトナー氏を起用した。同氏は日本の金融危機を在日アメリカ大使館の一員としてつぶさに見てきた。ホワイトハウスの経済担当アドバイザーに就任するサマーズ氏は、日本が苦しんでいる時期にクリントン政権下で財務長官を務めていた。こうした人事には「日本と同じ過ちを犯さない」という強い意志が見て取れる。

 オバマ次期大統領は行政府に現時点で「最も適材」とみられる人材を配置して、1月20日の正式就任を待って一気に問題解決に進む構えである。景気浮揚策としての財政支出の内容はまだ明らかにされていないが、効果的な支出を行うことで早くリセッションに終止符を打ちたいと考えている。オバマ政権の手の打ち方次第では、このリセッションが早い時期に終息する可能性がある。

米国では自己破産しても人生の再出発が容易

日本からアメリカの抵当流れの状況を見ていると、日本と同じように銀行に一切合切持っていかれて無一文に転落すると考えがちである。だがアメリカの個人破産は日本とは違う。米国破産法の基本は連邦法であるが、詳細は州法によって異なる。カリフォルニア州の例を見ると次のようになる。

 裁判所に自己破産を申し立てると、最低500万円(1ドル=100円換算)の家屋差し押さえ免除(Homestead Exemption)が認められる。家屋は実際に住んでいる自宅でなければならない。家族がいれば750万円も免除される。破産手続きに入ると、住宅ローン借入額に上記免除額を上乗せして裁判所が売却価格を設定し、この価格で売却を試みる。買主が現れなければ1年間引き続き居住できる。1年後にまた同じような続きを繰り返す。

免除額は65歳以上の老人、身体障害者、55歳以上の低所得者の破産では1500万円にも上る。このほかに車の所有も中古価格が97万円以下であれば処分する必要がない。テレビや家具類も当然残せるし、宝石類も67万円まで許される。個人破産によって職を失うこともないし、年金・保険も失わない。自己破産を申し立てれば、いろいろなメリットがある。アメリカの破産法は個人の再出発を容易にするようにできているのである。

 上記のような資産清算型の自己破産のほかに、資産は保有したままで裁判所の介入で債務の一部免除や返済条件の緩和を図る方法もある。自己破産したくなければ、不動産を銀行に引き渡せば家は失うが破産者にはならない。住宅ローンは通常借入人に遡及しないのが原則なので、家を手放した以上に責任を問われることはない。

 破産者になると信用調査機関の記録に10年間記載され、少なくとも数年間は借り入れができなくなる不利益はあるが、十分な余裕期間が与えられるし、再出発資金も確保される。家屋差し押さえ免除の制度はアメリカの開拓者時代から多くの州で設けられているアメリカ特有の制度である。こうした保護を与えることで開拓者に新天地の開拓を促してきた。

 2005年以前には年間に200万人以上がこの制度で救済されている。2005年に制度の乱用を防止する法改正があり申請要件が厳しくなったが、それでも昨年は80万人が申請している。直近では昨年同期比3割以上のペースで申請者が増えているという。今回の金融危機克服の対応策としてこの制度の緩和を望む声が上がっている。

暗いニュースばかり流し閉塞感を煽る日本のマスコミ

日本の破産法は実に厳しい。自己破産で手元に残る資産は99万円しか許されない。テレビや家具類は残せるが、自家用車保有の別枠もない。弁護士、会計士等の公的資格も停止されるし、会社の役員にもなれない。これでどうやって人生の再出発ができるのだろうか。だから日本での自己破産申請者は、過去10年間の年間平均で17万人しかいない。アメリカに比べてはるかに少ない。しかも2003年をピークに一貫して減少している。

 その一方で日本の自殺者数は過去10年間に毎年3万人を下回ったことがない。人口比でみるとアメリカの2倍以上の比率である。懲罰的に厳しい自己破産制度が、自分の命で償わざるを得ない悲劇的な状況を引き起こしている。アメリカの破産制度とは対極の「非人道的な破産制度」である。

 派遣を切られ職も住むところも失った非正規社員が元旦に日比谷公園で「派遣村」を作り、政府に抗議している光景がマスコミで大きく報じられた。日本のマスコミは次々に暗いニュースを流すので、国民の「閉塞感」は一気に高まってしまう。これが世界に冠たる経済大国ニッポンなのだろうか。アメリカのマスコミが好んで暗いニュースを流すことはない。暗いニュースが大嫌いな国民なのである。

 アメリカは今回の危機を自分の問題としてとらえ、政府も企業も個人も危機の早期克服に動き出している。筆者にはこの危機が予想以上に早く終息するように思われる。ましてや「失われた15年」になることは絶対にない。今年後半にはアメリカ人はまた活発な消費を再開するだろう。どんなに厳しい環境でもアメリカ人は明るく生き抜いていく。アメリカ人はいまだに開拓者精神を持った元気印の国民なのだ。

(ベンチャーアクセス「シリコンバレーコラム」2009年1月より転載)
 

安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)


東京大学法学部卒業後、三菱銀行に入行。MIT経営学大学院修士。三菱銀行横浜支店長を歴任。1996年に東京三菱銀行を退職、シリコンバレーにわたり、米国ハイテク・ベンチャー情報を、インターネット上で日本語で提供するサービス:ベンチャーアクセスを運営。日米両国において、講演、コンサルティング・サービス等も活発に行っている。


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