EGOと協調性

トランス・パシフィック・ベンチャーズ社社長 安藤茂彌氏


英 語に「EGO」という言葉がある。エゴイストの「エゴ」である。英語では「イーゴ」と発音する。日本語の「エゴ」は他人のことを配慮しない利己主義者を連 想し、通常悪い意味で用いられる。これと反対の意味を持つ日本語は多分「協調性」であろう。これは他人に対する配慮の行き届いた人物として良い意味で使わ れることが多い。

英語の「EGO」は日本語の「エゴ」とは違う意味を持っており、多くの場合良い意味で用いられる。例えば「彼は大きなEGOの持ち主だ」と言うことは、 「彼は大きな理想を持ってそれを実現する強い意志を持っている男だ」という意味になる。「EGO」を強いて日本語に翻訳すると「自我」あたりが近い言葉な のかもしれない。これの反対語は、性格の弱い、自分に自信のない、とても成功するとは思えないようなスケールの小さい人物という意味になる。

以前サッカー日本代表のトルシエ監督がある新聞記者のインタビューで次のように答えている記事を読んだことがある。「監督とは常に批判にさらされ、信頼で きるものも少ない孤独な存在です。そういう立場では常に自分で自分を励まし、自信を持たさなければならない。エゴイストでないと身も心ももたないのです。 ポジティブなエゴは、監督に限らず、政治家や企業のトップなどにも不可欠だと思います。トップというものは『私は強い』『私は正しい』という自負がないと 務まりません」。トルシエ監督の言う「エゴ」は「EGO」に近い。英語もフランス語も同じ意味なのだろう。

シリコンバレーの企業の中には、いまだに強い「EGO」を持っている経営者が多くいる。アップルのスティーブ・ジョブズ、マイクロソフトのビル・ゲーツ、 サン・マイクロシステムズのスコット・マクネリー、オラクルのラリー・エリソン、インテルのアンドリュー・グローブ。ざっと見渡しただけでもすぐに見分け のつく「EGO」の持ち主がたくさんいる。

日本企業にも以前は大きな「EGO」を持った経営者がたくさんいたように思う。戦後の荒廃の中から日本経済を立て直してきた企業経営者の中には傑出した人 物がたくさんいた。ここ10年続いた経済停滞の中で気を吐いている企業の経営者には、こうした経営者が何人もいる。しかし、いわゆる大企業と言われる企業 群の経営者に「EGO」を持っている経営者はずっと少なくなったように見える。

これには企業の人材選抜システムが大きく影響しているように思う。企業の規模が大きくなってくると「波風を立てる人間」よりは「協調性に富んだ人間」を尊 重する気風が出てくる。終身雇用、年功序列もこうした傾向に拍車をかけたのは間違いない、また日本には、業界、官庁が協調して事を処する風潮が長く続いた ためにこうした人事が好まれたこともある。その結果トップが後継者に「EGO」を持った人を選びたくても、そういう人物が候補者の中からいなくなってし まったのではなかろうか。米国ではこうした状況の場合、遠慮なく外部から適材を引っ張ってくる。

企業というものは本来「協調」を主目的として生きていくものではない。他社と競争をして、相手企業を負かし、相手から市場を奪いながら自分の市場を確保し て生きていくものである。いまだにサン・マイクロシステムズ、オラクルのトップがマイクロソフトを不倶戴天の敵と見なして公の場であからさまに中傷する光 景を見るにつけ、企業競争とは本来こういうものではないかと考えさせられる。

ハイテクの世界では、インターネットが出現して以降8年間、日本企業はシリコンバレーの企業に一方的な負け試合を演じてきた。最初の2?3年間は試合に参 加すらしていなかった。唯一気を吐いていたのはゲームぐらいであった。最近一部のハイテク分野で米国企業を凌ぐ日本企業が出てきているが、全体を見るとま だまだ互角に戦っているとは言いがたい。

シリコンバレーのハイテク大企業は、ここ2年間の不況で減益になっているものの赤字転落した企業は少ない。ところが日本の場合には、全上場企業の3分の1がこの3月期決算で赤字経営に陥っていると言う。

協調性に富む人間をトップに据える慣行は見直されなければならないのではないだろうか。「エゴイスト」を選ぶ必要はないが、「EGO」を持っているトップ を選ぶ必要がある。こうした人間をトップに据えなければ日本企業の地盤沈下は止まらないように思う。日本企業がこれから世界舞台で海外の優良企業と互角に 競争を展開していくためには、日本企業の人事評価面での価値基準の転換を図らなければならない時がきているのではないだろうか。

(NIKKEI NET「海外トレンド」 2002年6月1日掲載記事より転載)

安藤茂彌氏

東京大学法学部卒業後、三菱銀行に入行。MIT経営学大学院修士。三菱銀行横浜支店長を歴任。1996年に東京三菱銀行を退職、シリコンバレーにわたり、米国ハイテク・ベンチャー情報を、インターネット上で日本語で提供するサービス
http://www.ventureaccess.com
)を運営。日米両国において、講演、コンサルティング・サービス等も活発に行っている。



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