技術が解決できない問題


トランス・パシフィック・ベンチャーズ社社長 安藤茂彌氏


最 近、米国中西部の4都市を駆け足で訪問する機会を得た。東海岸や西海岸の大都市と違って、人々は伸びやかに平和を楽しんでいるかのように見えた。人々の暮 らし振りは平穏であっても、空港は戦時体制とも言える厳戒態勢であった。チケットカウンターで荷物を預けるときにスーツケースを開けさせられ、セキュリ ティーゲートで今度は手荷物を開けさせられ、靴まで脱がされる。これで終わらない。搭乗ゲートで再度手荷物を点検され靴を脱がされベルトのバックルまで外 させられた。国内線の検査の厳しさは、国際線の比ではない。

サンプル検査というが、頻繁につかまる私を尻目にすいすいと通り過ぎていく白人アメリカ人は多い。何を基準にして一部の人だけを点検するのか。人種差別で はないのか。検査の担当員に問いただしたところ、コンピューターが自動的にはじき出しているもので、彼らも選別基準は分からないとのことであった。駆け足 旅行による肉体的な疲労のみならず、度重なる検査への不快感から精神的にもクタクタになって帰宅した。

イスラエルの言い分に有効な反論できない米

シリコンバレーにはイスラエル系のハイテクベンチャーがかなりある。彼らは、優れたセキュリティー技術とセンサー技術を持っていることで知られている。イ スラエルの軍事技術の民間転用である。空港のセキュリティーチェックが厳しくなるにつれ彼らの技術が使われる頻度はさらに高まるであろう。しかしセキュリ ティー技術の進歩で問題は解決するのか。

駆け足旅行から帰宅後テレビで見たものは、イスラエルのパレスチナへの武力行使とアラファト議長への軍事包囲網の設定であった。イスラエル側は、アラファ ト議長がパレスチナ人の自爆テロを奨励し資金的な支援まで与えていると主張する。アラビア語で書かれた証拠書類を押収したと発表した。パレスチナ人に自爆 テロを直ちに中止するようにとの声明を発表するよう議長に圧力をかけるための軍事行動である。イスラエルの一方的な軍事行動に、パレスチナ人、アラブ諸 国、欧州諸国は一斉に反発した。

事態を重く見たブッシュ大統領はイスラエルのシャロン首相に軍の即時撤退と包囲網の解除を要請した。しかしイスラエルはこれに真っ向から反論した。 「ニューヨークの貿易センタービルへのアラブ人の自爆テロに即座に報復攻撃を行った米国と何が違うのだ。イスラエルの取っている行動は、ブッシュ大統領の 取った行動と全く同じではないか。何故アメリカは報復でき、イスラエルは報復できないのか。これは、Double Standard(二枚舌)ではないのか…」。ブッシュ大統領はこれに有効な反論をできなかった。

米は信頼を取り戻す必要がある

イスラエルの元首相のナタニエフも、「アラブ人の自爆テロはイスラエルだけの問題ではない、米国内で明日にも同じ事がおきても何ら不思議はない」と主張 し、追い討ちをかけた。これと時を同じくして、アラブ圏のテレビ局アルジャズィーラはオサマ・ビンラディンがアルカイダの指導者と親しく歓談している日付 不明の新しい映像を放映した。オサマ・ビンラディンはまだ生きていたのか。先端技術の兵器を駆使しても掃討できなかったのか。亡霊のように現れたビンラ ディンの映像は、アメリカ人に9月11日の恐怖をあらためて思い起こさせた。

身内とも言える同盟国イスラエルを押さえられなくなった米国。調停工作に失敗して失意の帰国をしたパウエル国務長官。アメリカは中立ではないとの理由か ら、停戦監視の役割をアメリカが担うことすら拒絶するアラブ諸国。最先端兵器を使っても、オサマ・ビンラディンを捕らえられなかった米国。世界の警察官を 自認したアメリカの威信はいまや地に落ちた。

武力行使をしたことの反省が米国内に広がっている。ブッシュ大統領がテレビで威勢の良い演説することもなくなった。大統領の支持率も落ちてきている。再選 は難しいとの見方が広がっている。かといって、民主党のゴア元候補が最適かというとそうでもないと言う。ゴア候補が副大統領にユダヤ系の候補者を指名した ことが人々の記憶から消えていない。アメリカは宗教色の薄い大統領候補者を探しているように見える。

軍事力のある国が自らの考えだけで力を行使するとき、軍事力のない国は肉弾で戦わなければならなくなる。権力のある国がそれを振りかざすとき、権力のない 人々の心は離れていく。セキュリティーが発達すればするほど、人の心はすさんでいく。解決の糸口さえ見えなくなった中東紛争を見るにつけ、アメリカが世界 の信頼を得られなくなったことのコストは極めて大きいように思われる。そしてそれは、世界の不幸の始まりであるような気がしてならない。

自爆テロのことを、アメリカ人はKamikazeと呼ぶことがある。50数年前の神風特攻隊のことを指す。50年前のアメリカはもっと他国の尊敬を集める 国であった。いま世界がアメリカに望んでいるのは、軍事力にも劣り宗教も異なる人々の立場を理解し、彼らの信頼を取り戻すことにあるのではないだろうか。

(NIKKEI NET「海外トレンド」 2002年5月1日掲載記事より転載)

安藤茂彌氏

東京大学法学部卒業後、三菱銀行に入行。MIT経営学大学院修士。三菱銀行横浜支店長を歴任。1996年に東京三菱銀行を退職、シリコンバレーにわたり、米国ハイテク・ベンチャー情報を、インターネット上で日本語で提供するサービス
http://www.ventureaccess.com
)を運営。日米両国において、講演、コンサルティング・サービス等も活発に行っている。



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