「海底に国旗を立てて領有権を主張する中国に日本はこんなに無防備でいいのか」

 トランス・パシフィック・ベンチャーズ(Trans Pacific Ventures LLC
President & CEO
安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)

海底に国旗を立てて領有権を主張する中国に日本はこんなに無防備でいいのか



最近中国は、近隣諸国と領有権紛争が起きている東シナ海において、乗員3人を乗せた深海潜水調査艇を海底まで沈め、中国の国旗を海底に植え込んだ。日本の「しんかい」にそっくりな深海潜水艇である。中国のテレビ局はその様子を撮影したビデオを国家的快挙として大々的に報道した。

ニューヨークタイムズが中国日報の報道をスクープし、同紙の一面に掲載してアメリカでも話題になった。この事件は多くのアメリカ国民に2007年にロシアが取った行動を想起させた。ロシアは北極点の海底にロシア国旗を立てて領有権を主張したのである。だが日本のメディアは、尖閣列島で同じことが起きる可能性が強いにも拘らず、中国のこの事件を一切報道しなかった。

中国はなぜこんなことをするのか。海底に眠る豊富な地下資源を支配下に置くためである。

一例をあげよう。電気自動車の電池材料として注目されている希少金属リチウムは中国国内に豊富に埋蔵されている。従来はその多くを他国に輸出していたが、戦略物資と分かるや否や他国への輸出を制限し始めた。最近日本政府が中国政府に輸出制限の解除を交渉したが、全く応じる様子はなかった。

今回の行動はその「海底版」である。海底に眠る希少金属をできるだけ多く支配下に置くことで、地下資源を独占し、輸出制限を通じて他国の生産能力を奪い、自国経済を更に拡大することを目論んでいる。アメリカ政府はこうした中国の戦略を既に察知し、希少金属に頼らない代替材料の開発を促す政策を採っている。

今回の国旗植え込み事件は現在領有権で紛争になっているベトナム沖の海底であると推測される。中国はベトナム沖の西沙諸島を自国の領土であると主張し、領海を侵犯したとしてベトナム漁船を数多く拿捕している。中国はベトナムと個別の交渉に応じることはあっても、多国間の交渉には応じられないとしている。ベトナムは個別の交渉であれば、中国の軍事力と威嚇でねじ伏せられることを恐れているのである。

中国の暴挙に堪りかねたベトナムは米国とアセアン諸国を抱き込み、アセアン会議の議題にして集団で中国に立ち向かう外交を展開している。中国の領土主張の被害国はベトナムに止まらない。シンガポール、マレーシア、インドネシアとの間でも同様な紛争を起こしているからだ。

去る7月に米国のクリントン国務長官はアセアン会議で「アセアン諸国のこの海域での航行の自由を守ることが重要だ」と発言し、中国代表との間で厳しい論戦を展開した。アセアン諸国が狙うのは米国と連携した「中国包囲網」作りである。

中国の挑発行為は日本に対しても行われている。今年4月には中国海軍の艦艇10隻が沖縄本島と宮古島の間の公海を南下し、中国のヘリが監視中の自衛隊の護衛艦に異常接近する事態が発生している。今月に入ってからも尖閣諸島で海上保安庁の巡視船と中国の漁船が衝突する事件が起きている。

既に新聞等で報道されている通り、中国は猛烈なスピードで軍事力を増強している。軍事予算は過去20年間に18倍に膨れ上がり、今では米国に次ぐ第2位の軍事大国になっている。2009年での軍事予算は米国の6610億ドルに対して、中国は1000億ドルとまだまだ開きがある。だが、米国が近年軍事予算を削減しているに対し、中国は毎年予算を大幅に増やしており、その差は縮まりつつある。因みに、日本は510億ドルで第6位である。

日本と在日米軍の軍事力は中国、北朝鮮、極東ロシアの兵力と比較すると明らかに見劣りする。日米の戦力を合わせても桁が一桁少ない。

 陸上兵力(万人)艦艇(隻)作戦機(機)
中国1609501,950
北朝鮮100650620
極東ロシア9240570
合計2691,8403,140

日本14.3149430
在日米軍1.90(註)140
合計16.2149570
 (2010年版防衛白書)
 (註)在日米軍はいざとなれば米海軍第七艦隊の支援を仰ぐことになるだろうから、完全にゼロとは言い切れない。

中国のこうした軍備増強は、1982年に策定された「海軍海洋計画」と呼ばれる国家計画に基づいている。それによると、2000-2010年に沖縄、台湾、フィリピンを結ぶ「第1列島線」内の制海権を確保し、2010-2020年には「小笠原諸島、グアム、インドネシアを結ぶ「第2列島線」内の制海権を確保して航空母艦の建造を行う。そして2020-2040年には「米海軍による太平洋、インド洋の支配を阻止する」最終ゴールを達成する計画となっている。

中国は今年中に原子力航空母艦の建設にも着手することを明らかにしたが、これも「海軍海洋計画」に沿って実施されるものである。数年後にこれが完成すれば極東の米軍兵力にかなり接近した兵力になると考えられる。日本近海に中国の航空母艦が出没するのも時間の問題になっている。

戦力の比較は単なる装備の数値比較では計れない状況が起きている。サイバー戦力が重要になっている。これは地球を旋回する人工衛星によって、敵の動きを把握しコントロールする能力を指す。カーナビや携帯に位置情報を送るGPS(全地球測位システム)衛星もそのひとつで、衛星の大半は米国が押さえている。米国がその気になれば意図的にGPSを遮断することができるのである。

現在、中国上空を通過するGPS衛星の95%は米国が所有している。中国は2020年までに世界のGPS衛星の1/3以上を中国版にして、中国上空から米国の衛星を追い出す計画である。こうすれば自国の通信網を守れる、米国に覗かれないで自由に軍事行動を取れる。

もうひとつのサイバー戦力はウイルスによる敵のコンピューター網への攻撃である。米国の軍事機密情報を盗み出すために、国防総省のコンピューターシステムにサイバー攻撃が仕掛けられたというニュースはよく聞く。米国内ではこうした攻撃を組織的に行っているのは中国であると見ている。

では米国は中国の軍事力増強をどう見ているのだろうか。米国国防総省は8月16日に「中国の軍事力に関する年次報告書」を発表した。中国軍が「国産空母の建設に着手し、南シナ海などで広範囲に行動を拡大しているうえに、外交上の利益を得るために、軍事力を活用する度合いが増えつつある」と指摘している。

米国の軍関係者は、中国は口先では「古い兵器の改良である」「中国は覇権主義をめざさない」と言っているが、実際の行動を見るとまったく違う、と指摘する。その上、軍事交流も拒否している。中国国防省は今年1月の米国の台湾への武器売却の決定に反発して、米軍との交流停止を発表した。その後ゲーツ国防長官が訪中を申し込んだが断られた。中国側と軍事面での意思疎通は途絶えたままである。

では米国は日本をどう見ているのだろうか。こういう微妙な時期に日本政府の行動は不可解であると見ている。鳩山首相はアジア共同体構想なるものを持ち出して米国から離れようとした。これがアメリカ政府の不信と掻き立てた。米国大統領は鳩山首相を相手にしなかったし、面談も拒否し続けた。

鳩山政権から菅政権に変わった。鳩山氏より数段マシであるし、小沢氏より良い選択であると認識しているようだ。小沢氏のように対等な日米関係を表立って口にしないし、国連主義も主張しない。だが、菅氏の国防戦略の具体的なものは何も聞こえてこない。まずは普天間問題をどう解決するのか見てから菅首相の評価を決めたいというのが本音ではないだろうか。

米国側は日米防衛協議の場で日本側にRole and Mission(役割と使命)を求めてくるようになったという。これは「自国の領土を自分で守る覚悟を示せ」と日本側に求めていることだという。米国にしてみれば、中国の脅威が高まる中で、前首相は現状認識を誤り、あらぬ方角に走り出すし、普天間の移設問題もいまだに解決できていない。米国政府にしてみれば今こそ日米同盟を強化して、共同して中国の脅威に立ち向かうべきと考えているのに、日本政府の方向性の定まらない動きに苛立ちを感じている。

一方で、米国内ではG2(Great2)という考え方が台頭しつつある。Great2とは超大国である米国と中国の二カ国を指す。日本を同盟国と当てにしていては極東戦略が何も進展しないので、重要事項は日本には関係なくGreat2で決めればよい、とする考え方である。この考え方は日本をバイパスするジャパン・パッシングである。

中国の脅威は軍事面、領土面のみならず資金面でも感じられるようになっている。バングラデシュ、スリランカ、パキスタン、ミャンマーといった国々に対して、中国は港湾建設、道路建設、通信網建設といったインフラ・プロジェクトに多額の海外援助を行っている。もちろん、そうしたプロジェクトでは中国の業者が特注して工事を請け負うことになるが。

こうした海外援助も見方を変えれば、軍事的な意図を含んでいる。こうした地域に張り巡らせた港湾や道路や通信網を中国側が制御すれば、中国軍の軍事行動がとり易くなる。またその国と経済摩擦や利害衝突が起きた場合には、中国が軍事力を背景に交渉を有利に進められる。いままで中国のこうした投資を歓迎してきた諸国も、最近では警戒心を強めるようになってきた。

日本では中国の資金面での脅威はどこにあるのだろうか。最近の顕著な動きは、中国が膨大な対米黒字から得たドル資金を米国国債の購入ではなく日本国債を買うようになったのである。確かに米国財務省の資料を見ると中国はこの半年間に米国国債の保有高を1割ほど減らしている。

日本国債の93%は日本の金融機関が保有しているが、残る7%の中で中国政府が最大の債権者になった模様である。日本政府は中国政府の購入を歓迎しているようであるが、国債管理はより難しくなったと見るべきだろう。中国がもし日本国債を大量に売却すれば、金利は高騰し、日本の財政収支は一気に悪化する。中国側がこの手段を意図的に使うと大きな攪乱要因になる。

中国政府の動かせるドル資金の規模が極めて大きいだけに為替市場への影響も無視できない。最近の80円台なかばへの円高は中国による国債の大量購入がひとつの原因と考えられる。このことは何を意味するのか。中国政府は日本国債の大量購入により円高を作り出し、日本の輸出にブレーキをかけることができるようになったということである。

中国は今後、軍事面、領土面、資金面で日本を含むアジア諸国に更に強い影響力を及ぼすであろう。中国が日本にとって最大の貿易国であるにも拘らず、軍事面、領土面での中国は違う顔を覗かせる。アメリカにとっても今や最大の貿易相手国は中国である。だが、アメリカ政府は中国に対して経済面の親密さと、軍事面の脅威とを峻別して考えている。

日本ではこの峻別ができていない。中国を情緒的に捉えている。今回の民主党の代表選挙でも、国防が全く論点にならなかったのはこうしたところに原因があるのではないだろうか。

だが、日本国民が国防の観点から大きな決断をしなければならない時は刻々と近づいてきている。米国と同盟強化を図るのか?それとも、曖昧なままズルズルと中国の強硬な外交圧力に屈していくのか?日本人はこの数10年、明確な国家戦略を持ったことがない。

だが、もしこの決断ができなければ、日本は「自国を取り囲む現状の認識が甘い上に、自国の運命を自分で決められない国民である」というレッテルを諸外国から貼られても仕方がない。それでも本当に良いのだろうか。

ベンチャーアクセス「シリコンバレーコラム」2010年9月より転載)

安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)