アメリカンドリームへの道

トランス・パシフィック・ベンチャーズ社社長 安藤茂彌氏


ア メリカンドリームを求めてシリコンバレーにやってくる日本の若者が増えてきたように思う。その予備軍はもっと多い。その殆どが大企業の出身者か在籍者であ る。何故いまの地位を捨ててまでアメリカに来たがるのだろうか。彼らの話を聞くとその奥にはアメリカンドリームへの果てしない憧れがあり、ベンチャーへの 熱き思いがある。更にその奥には、日本企業への根深い幻滅感があり、これからの自分の人生への不安感がある。

 「アメリカに来なさい。人生一度しかないんだ。君も若いんだから思い切り君の人生をシリコンバレーにぶつけてみたらどうだ」。そう言いたい心を抑えなが ら、厳しい言葉を吐く。「御免。だがこれもアメリカの現実なのだ」。20数年間を日本の大企業で過ごし、齢50歳でシリコンバレーへわたりベンチャーの様 々な現実を見てきた筆者にとって、心中は複雑である。

 日本企業で働くことの不満を解決する方法として、アメリカのベンチャー企業に転職をするのは現実的な解決策にならない。そもそも、ベンチャーと中小企業 はどう違うのか。基本的に違いはない。あるとすればベンチャーキャピタルが触手を動かす業種であるかどうかだ。しかし、ちょっとしたアイディアがあればベ ンチャーキャピタルが寄って集って出資してくれると期待しているふしがあるが、とんでもない誤解だ。そんな夢のような話がある訳がない。日本人の「ベン チャー」に対する思い入れは強すぎ、過剰の期待感を醸成しているところに問題がある。

 ネットスケープ、ヤフー、アマゾン、イーベイのように短期間で上場を成し遂げ、多くの金持ちを生み出し、世界にその名を轟かせた成功談があることも事実 だが、それはほんの一部に過ぎない。多くのベンチャー企業は3年以内に消滅する。アメリカのベンチャー企業に就職をして、この企業が上場して大金持ちに なった日本人がいることも事実だが、その数は余りにも少ない。指を折れば足りる程の少なさだ。それも目指してそうなったと言うよりは、長期間にわたる米国 での地味な努力の結果生じた「人生の偶然」と呼んだほうが良い。こういうサクセスストーリーは意図して目指せるものだろうか。答えはノーである。

 日本でいうベンチャーは当地では、スタートアップ(Startup)と呼ぶ。単に生まれて間もない零細企業を指すにすぎない。アメリカ人には大企業で働 くことへのアンチテーゼとしてベンチャー企業を捉えるよりは、一攫千金を実現する手段と見る傾向が強い。人生のギャンブルと捉えているのである。

 時節柄、当地のベンチャー企業に就職するのは極めて難しい。卓越した技術者ならばいざ知らず、通常の技術者では就職は容易ではない。文科系の人にとって は更に狭き門である。当地では日本語を自由に操るアメリカ人が多い。日本経済が日の出の勢いであった80年代に日本ブームがあり、日本語と日本式経営の何 たるかを習得した人が多いからだ。日本へのマーケティングにしか役立たない日本人を採用するよりは、日本語のできるアメリカ人を採用したがるのはアメリカ のベンチャーとしては当然の行動である。

 たとえうまくベンチャーに採用されたとしても、企業自体が倒産することは多いし、レイオフされることも多々ある。生活の不安定さは日本とは比べ物になら ないほど高い。再就職を諦めるならば、自分で会社を起こさなければならない。アメリカでベンチャーに賭けると言う事は、単なる小企業(多くの場合個人企 業)の経営者になることを意味する。そして自分で価値を創造し、収入を上げていくことが必要になる。その価値は人が容易に真似のできるようなものでは駄目 である。

 もはやかつて在籍した企業の後ろ盾はない。あるのは君自身の信用と努力だけだ。名の通った企業に身を置いていれば、一々「弊社の何たるか」を説明しない で済む。名の通った企業であれば過去の信用で商談が成立しやすいが、名もないベンチャーではそうはいかない。全てを一から作る努力が必要になる。これが あって初めて周囲が認めてくれる。

 事業分野を広げてはならない。それよりはニッチである必要がある。シリコンバレーは真似者天国である。容易に真似が出来ないようなものでなければ、すぐ に他社に真似されて自社の先行きが危うくなる。アメリカ市場を相手にする製品やサービスを提供する事業の場合、アメリカ人で固めたベンチャーには顧客を獲 得するスピードにおいて、とてもかなわない。

 日本とは企業風土も違うし言葉も違う。だが、それらを乗り越えて、アメリカ人社会のなかで、自分の居所を確保できる人はそれなりの要件を備えている人の ように思う。博士号、修士号の肩書きを持っていることは有利ではあるが必須ではない。それよりはその人の持つ性格が大きい。通常の日本人にはない「何か」 を持っている必要がある。何かとは何か?

 日本企業の従業員として成功するのに必要な能力は、常に周囲に目配り気配りをおこたらない「分散注意力」であるが、シリコンバレーで必要なのは「集中 力」である。組織の中で次から次に現れる雑用とも言えるような仕事をスケジュール通りにこなしていく「そつなさ」よりは、自分のしたいことを成し遂げたい と欲する「ねばっこさ」である。多少変人であっても構わない。アメリカ社会は規格はずれの人間もその人の貴重な個性として受け入れる懐の深さがある。ここ は個人主義の国である。同時に、徹底した自己責任の国でもある。

 もうひとつの要件は「あっけらかん」とした性格の持ち主である必要がある。アメリカ人はどんな苦労があっても顔に出さないで明るく振舞う人が多い。移民 としてこの国に来て一から出直し、人生の荒波を乗り越えてきた先祖の雑草のような逞しさが彼らの血に流れているのだろう。引っ込み思案で思い悩むタイプの 人はこの国に向いていない。シリコンバレーで自殺者が出た話なぞ聞いたことがない。この国では哲学は発達しなかったが、その代わりにプラグマティックに果 敢に物事に立ち向かう実学をたくさん生んだ。

 こういう性格の持ち主なら友人の輪が徐々に広がっていくだろう。その友人の紹介で輪が更に広がり、自分の事業を推進するのに力になってくれる人が増えて こよう。こうした生活を10年、20年と続けていれば「人生の偶然」が起きるかもしれない。自らの人生をギャンブルと割り切り、自分とウマの合う人と交わ り、マイペースで好きな仕事に打込み、苦労をものともせず、むしろそれをエンジョイするタイプの人にはシリコンバレーは向いているように思う。

 日本企業で自分は生かされていないと考えている諸君、シリコンバレーにくれば皆が大金持ちになれるというような途方もない夢を描いてはいけない。異国の 地で小企業の親父になることを覚悟してくるべきだ。何も保証されていないこの世界で、語学ハンディキャップを負いながら、ネットワークを広げられる人物に 貴方はなれるのか? 人からお金を払ってもらえるような価値を創造できるのか? 無収入のままで何ヶ月も生活できる資金力はあるのか?

 そこまで覚悟のできている若者に出会えたら、私は相変わらず厳しい言葉を吐きながら、その一方でそっと耳元に囁くだろう。「アメリカに来なさい。人生一度しかないんだ。君も若いんだから思い切り君の人生をシリコンバレーにぶつけてみたらどうだ」。

(NIKKEI NET「海外トレンド」 2003年8月25日掲載記事より転載)

安藤茂彌氏

東京大学法学部卒業後、三菱銀行に入行。MIT経営学大学院修士。三菱銀行横浜支店長を歴任。1996年に東京三菱銀行を退職、シリコンバレーにわたり、米国ハイテク・ベンチャー情報を、インターネット上で日本語で提供するサービス
http://www.ventureaccess.com
)を運営。日米両国において、講演、コンサルティング・サービス等も活発に行っている。



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