2つの国の信号機

トランス・パシフィック・ベンチャーズ社社長 安藤茂彌氏


シ リコンバレーの主たる交通手段は車である。存在感は薄いが通勤列車もある。サンフランシスコから南下し、サンノゼの先まで行くCalTrain である。ラッシュアワーには本数は多いが、日中は1時間に1本程度しか走っていないのんびり列車である。定刻ピッタリにくることは殆どない。この列車が今 年に入って土日祝祭日は運行しないことになった。車を持っていない人には不便になったが、目立った反対は起きていない。

 CalTrainの沿線には踏切も多く、そのたびに車は待たされるが、本数が少ないために交通渋滞の原因にはなっていない。踏切の信号機は列車がかなり 近づいてから鳴り出し、通過するとすぐに開く。だからと言って信号機に不安を感じたことはない。列車がホームに進入してくると駅の先の踏切は一旦閉まる が、停車すると分かるとすぐ開く。列車が動き出すと又閉まる。

 先月久方ぶりに日本へ帰った。私の家はJR中央線の武蔵小金井にある。9月 27日(土)夕方から28日(日)にかけて中央線三鷹―立川間が工事のため一時不通になった。27日に地方で外泊する行事があり、28日昼前に東京駅から 中央線に乗ろうとしたらまだ不通であった。「もうすぐ開通します」のアナウンスを信じて2時間待たされた。信号機の問題であった。

 武蔵小金井には、有名な「開かずの踏切」がある。駅の両側にある踏切は上り電車が通り過ぎてもすぐに下り電車が来るので長時間開かないのである。通過す る電車・列車の本数はアメリカと較べられないほど多いが、それにしても開かない原因のひとつには、電車が停車している間もずっと閉まっていることにあるよ うに思う。今回の工事で踏切の幅が広がり、「開かずの踏切」は更に開かなくなった。それでもJRは従来基準を変更しようとしない。通行人は更に長く待たさ れることになった。

 通行人がじっと待っているのは電車の踏切だけではない。一般道路の赤信号の前でも、通過する車がなくても通行人は信号が変るまで辛抱強く待っている。信 号は青―黄―赤を一定間隔で繰り返す。待っていればいずれは変る。これを無視して横断し、顰蹙を買う必要はない。正々堂々と行動するのが日本人である。

 アメリカではどうか。そもそも信号の数が日本より少ないように思う。その代わり「止まれ」表示のついた交差点は多く、自由度は高い。この国の通行人は、 たとえ信号が「赤」であっても実際に危険がないと分かればさっさと渡ってしまう。そこに罪悪感はない。各人が状況判断し自己責任で行動するのがこの国の考 え方である。

 アメリカの交通規則によれば、車は信号が「赤」であっても、他の車両と通行人の進行を妨げない限り自由に右折できる。因みに、この国では車は右側通行な ので、「右折」は日本の「左折」に相当する。ところが日本では信号が「赤」であれば車は一切左折できない。ただし、信号のないところでは、車は状況判断し て左折できると言う。と言うことは、信号があれば車も通行人も勝手な状況判断は許されないということになる。

 アメリカには「賢い信号機」が多い。交差点で一方向からの車がない場合には、信号機がそれを感知して信号を変える。交差点のアスファルトにセンサーが埋 め込まれており、このセンサーが車の待ち状況を把握して、信号を機敏に変える。全ての信号が賢い訳ではないが、交通量の多い道路ではこうした信号機が多く 設置されている。通行を妨げる車がないのに無駄に待たされることはない。信号機が、待つドライバーの心を察知してくれるかのようである。

 深夜になると幹線道路の信号は全て「青」になり、支線道路の信号は「赤」の点滅に変る。幹線道路では賢い信号機が多いから、左折する車があると程なく信号が変り、車が通過すると直ちに元の「青」に戻る。深夜では信号待ちが少なく早く帰宅できるので便利である。

 市街地の道路では、道路によって制限速度が異なる。また同一の道路でも、区間によって異なることがある。例えば学校の近くの道路では制限速度がその区間 だけ下がる。これを無視するとパトカーから注意チケットをもらうことになる。交差点では、信号が「黄」になると車は交差点に入れない。カリフォルニア州で は、この規則を厳しく運用することになった。私は「黄」信号の中を勢いよく通過したらパトカーに追跡され注意チケットをもらった。この国ではせっかちな運 転はご法度である。

 日本では、道路毎の制限速度の表示が少なく、その代わり信号の数が多いように思う。その為タクシーなどは、信号と信号の間を猛スピードで走り、「黄」で も遠慮なく交差点に突っ込んでくる。「赤」に変るまでに交差点を通過すれば良いと言うのが常識になりつつあるように見える。信号機を上手く掻い潜って収入 を上げるにはこれしかないのだろうが、アメリカから帰って一通行人として信号を渡るとき、時に恐怖心を覚えることがある。

 日本は停電の少ない国であるから、信号機が停電で止まった記憶はない。しかし、アメリカは停電の多い国である。昨年はカリフォルニア州の電力会社の破綻 から、家庭のみならず信号機も停電した。今年の夏には東海岸の多くの州が最高3日間全面停電する異常事態が発生した。当然のことながら信号機も完全に止 まった。

 こうしたときのアメリカ人の対応は実に見事である。交差点に集まる4方向からの車が一列ずつ規則正しく右折・直進を行なうのである。彼らは信号の変る順 番を覚えているから、信号機が動かなくてもその順番に規則正しく通行するのである。その規則とは、対向車で左折する車を先に通して直進車はその後に通行す る。直進車優先の日本とは正反対である。信号のない交差点では、先に交差点に到着した車が先に通行できる。道路の幅に関係ない。単純明快な規則である。

 信号機が動いていなくとも、一糸乱れず交差点を規則正しく渡る車列を見て私はビックリした。実に整然と通行しているのである。私が東海岸の停電の後、ある友人にお見舞いの電話を入れたところ、彼女も同様の光景を見て感動したと話していた。

 信号機が人間を使うのか? それとも人間が信号機を使うのか? 日米間で考え方に大きな隔たりがあるように思われる。信号機を所与のものとして受け入 れ、ただひたすら辛抱強く待つ日本人。信号機に対応するために違反ギリギリの粗暴な運転をする日本人ドライバー。信号機を賢くして待機時間を短縮したアメ リカ人。単純な交通規則の元で信号に頼らなくても整然と行動できるアメリカ人ドライバー。

 「賢くない信号機」をたくさん作って無駄に費やされた日本の国家予算と電力。「賢くない信号機」によって無駄に費やされた日本人の時間と精神的苦痛。社 会的損失は計り知れない。本来社会生活を便利にする手段として発明されたものが、いつのまにか目的化され、逆にこれに支配されてしまった。今からでも遅く ない。もう一度原点に立ち返って、信号機に支配される時代から、我々が主体的に信号機を使いこなす時代へと政策転換を図る時期に来ているのではないだろう か。

(NIKKEI NET「海外トレンド」 2003年10月20日掲載記事より転載)

安藤茂彌氏

東京大学法学部卒業後、三菱銀行に入行。MIT経営学大学院修士。三菱銀行横浜支店長を歴任。1996年に東京三菱銀行を退職、シリコンバレーにわたり、米国ハイテク・ベンチャー情報を、インターネット上で日本語で提供するサービス
http://www.ventureaccess.com
)を運営。日米両国において、講演、コンサルティング・サービス等も活発に行っている。



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