弱さのマニフェステーション

トランス・パシフィック・ベンチャーズ社社長 安藤茂彌氏


遂 にイラクに自衛隊が派遣されることになった。二人の外交官が殺された後の政府決定である。このことはアメリカでも大きく報道されている。ただし、日本国民 の大半は派遣に反対であるとも付け加えている。米国内でイラク侵攻への反省機運が強まり、同盟国の派遣軍に次々犠牲者が出ているこの時期に発表された日本 政府の決定に、やや戸惑いの雰囲気がある。

 イラク戦争で日本はいままで余り注目されていなかった。一昨年9月の同時テロ事件の時には「これは日本軍の真珠湾攻撃以来、はじめてのアメリカ本土に対 する攻撃である」と言う形で引用されたし、イラク攻撃の時には、攻撃の大義名分のひとつとして、「イラクから独裁者を排除して民主国家を樹立することは、 米国のみならずイラク国民にとっても国益にかなうことである。その良い例が戦後の日本である」と言う捉え方をされてきた。

 日本政府がイラク攻撃支持を早々と打ち出したときには、何故日本が支持してくれるのだろうといった素朴な疑問がホワイトハウスと記者団との質疑応答の中 で出てきたこともある。その後、米国政府が850億ドルに及ぶイラク戦費への支援を諸外国に仰いだときに、日本が早々と50億ドルの支援を応諾して注目さ れた。他の国は5億ドル以下の支援しか表明しなかった。そして先月、日本の外交官がイラクで惨殺された。その後間髪を置かずに自衛隊のイラク派遣が発表さ れた。

 何故こんなにも日本は米国のイラク戦争に肩入れする必要があるのだろうか。米軍への加担は日本の国益になるのだろうか。日本は米国と異なり、エネルギー の多くを中東諸国に依存している。正当性に疑義ある戦争をしかけた米国に対する反感はイラク人のみならず、中東のイスラム国に根強い。中東諸国を味方にし ておくのが日本の国益だったはずである。こんな疑問を抱えながら、防衛庁が発行した平成15年度の防衛白書を読んでみた。

 日本の兵力は、中国、北朝鮮、韓国、極東ロシア、台湾と比較すると陸上兵力、艦艇数、作戦機数において6か国中最下位である。日本の国防費は、GDPに 対して1%未満で、これも6か国中最下位であるのみならず、主要国の中でも例を見ない低さである。冷戦の終結と共に、兵力を削減するのは世界的な流れであ る。周辺各国も例外ではないが、中国だけは過去10年にわたって国防費を毎年着実に増やしている。

 日本のような島国が実質的に脅威を受けるのは、弾道ミサイルによる攻撃であろう。だが、白書は明確に言う。「わが国は現在、弾道ミサイルに対する有効な 防衛手段を有していない。現時点での対応では、日米防衛協力のための指針にもとづき、『自衛隊及び米軍は、弾道ミサイル攻撃に対応するために密接に協力 し、調整する。米軍は日本に対し、必要な情報を提供するとともに、必要に応じ、打撃力を有する部隊の使用を考慮する』となっている」としている。米国は 「必要に応じ」「考慮する」程度の義務しか負っていない。

 更に続けて、「弾道ミサイルが発射された後に、海上からこれを迎撃するシステムの開発は、99年8月から日米共同技術研究として発足し、現在、このシス テムで使われるミサイル4機の主要構成品の設計と試作を実施している」と記載されている。まだ試作段階なのである。テポドンが日本上空を掠めたのは98年 である。あれから5年経っても、まだこの程度の対応しかできていないのである。

 では、日本独自の軍事技術の開発状況はどうであろうか。防衛庁技術研究本部が研究中の最先端技術をいくつか列挙しているが、誘導武器の分野では、「将来 の対空ミサイル用地上誘導システムの開発」と「GPS(全地球測位システム)とINS(慣性誘導装置)による誘導弾の位置や速度の制度を向上させる技術の 開発」が挙げられている。両技術ともに平成15年から開始される研究技術であるとしている。この程度の技術なら米軍は既に持っているし、イラク戦争で実際 に使っている。

 国防白書を読んでいると、「米国と云々」に関する記述が無数にでてくる。この防衛白書は、果たして独立した国家の防衛白書なのかと疑いたくなる。読後に 考え込んでしまった。日本は自分の国を自分の力で守る意識を持っていないのではないか。そして、こうした意識の結果として、自衛する技術も能力も持ってい ないのではないか。
憲法9条と日米安全保障条約の存在が、日本人の自衛意識を希薄化するのに影響しているのは事実であろう。だが、日本の安全保障を米国に託するのは、いまでも有効な選択肢であろうか。

 米国と言う国は明確に国益を意識する国である。たとえ条約があろうとなかろうと、自分の国益に沿わないことはしない。安保条約が締結されたときには「冷 戦」があった。それがなくなった現在、米国にとって日本との安保条約の意義は薄れている。日本に何か起っても、その為にアメリカ人が血を流すような政策を とれるのは、その政策が米国の国益に合致している場合に限られる。そうでなければ、米国の選挙民を説得できない。

 こうした現実を無視して、日本が独自の自衛能力の保持を怠ると、とんでもないことになる。軍事技術の開発でも米国を頼みにするのは限界がある。この国ほ ど軍事関連技術の機密にうるさい国はない。いつ相手が敵になるかも知れないことを常に念頭において行動している。日本は、現在の同盟国ではあるが、つい 60 年前までは敵国だった国である。血と血でつながった米英関係とは全く異なる。

 日本が軍事技術面で米国とアライアンスを組むには、日本自身が強力な開発力をもつ必要がある。日本が米国にはない軍事技術を開発し、これを提供する見返 りに日本にない技術を米国から導入する。これは民間レベルと政府機関レベルで平行して行なう必要がある。これ以外に実効性のある共同研究を行なうことは難 しい。軍事技術面での対米協調に成功している国はイスラエルである。

 イスラエルの軍事関連技術の開発力は世界一といわれる。イスラエル企業が開発して米国の国防に役立っている技術はセキュリティ、通信の分野でたくさんあ る。だから、米国はイスラエルの側に立たざるを得ない。イスラエルとパレスチナの戦争において、イスラエルの行動が人道的には問題があるとしても、米国は イスラエル側に立たざるを得ない。

 小泉首相は「北朝鮮からの現実的な脅威が続いているにも拘わらず、日本はそれに対応する自衛体制ができていない。ここは、なんとしてでもアメリカに頼る 以外に手がない」と考えたのであろう。日本が抱える弱みに付け込んで、ブッシュ大統領がこう囁いたとしても不思議ではない。「万が一北朝鮮が攻撃してきた ときには、アメリカが何とかする。だから、イラク戦争で日本は、戦費の負担と自衛隊の派遣をしろ」。

 こうした裏側で、ブッシュ大統領は来年前半にはイラクから一個師団を引き揚げる計画でいる。そうしなければ2004年の大統領選に勝てないからだ。同盟 国に肩代わりさせる作戦である。ブッシュの術策に嵌り、国益に反する意思決定をしてしまった小泉首相。今回の自衛隊派遣には日本の弱さが滲み出ている。

 冷戦終結後の日本を取り囲む周辺情勢は変化した。変化していないのは日本の自衛体制である。中国が有人宇宙飛行を実現できたのに対し、日本は北朝鮮監視 の無人衛星の打ち上げにすら失敗してしまった。科学技術では先進国といわれながらも、軍事技術の低さを世界に露呈してしまった。日本政府は日本単独での自 衛能力の現状を開示し、その是非を国民に問うべきではないだろうか。小泉首相が下したイラク派兵の決断は、日本が世界に発した「弱さのマニフェステーショ ン(表れ)」以外のなにものでもない。

(NIKKEI NET「海外トレンド」 2003年12月16日掲載記事より転載)

安藤茂彌氏

東京大学法学部卒業後、三菱銀行に入行。MIT経営学大学院修士。三菱銀行横浜支店長を歴任。1996年に東京三菱銀行を退職、シリコンバレーにわたり、米国ハイテク・ベンチャー情報を、インターネット上で日本語で提供するサービス
http://www.ventureaccess.com
)を運営。日米両国において、講演、コンサルティング・サービス等も活発に行っている。



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