「拝金国家」アメリカのツケ

トランス・パシフィック・ベンチャーズ社社長 安藤茂彌氏


エ ンロンの破綻以来、米国企業の会計上の不祥事が次々と明るみに出て投資家の投資意欲を冷やしている。ダウ平均株価は下落し、威勢の良かったシリコンバレー のエンジェル投資家達が保有する株式の時価総額は、今ではピークの何分の一、何十分の一に激減し、健康を損ねて入院する人も出てきている。その一方で、報 道されるスキャンダル企業のトップは、自社株暴落前にストックオプションを行使して数百億円に上る大金を手に入れ、豪奢な生活を送っていたというのだか ら、一般投資家が怒るのも無理はない。

何故こんなことが起きたのか。多くの企業は取締役会に外部取締役を就任させることで経営者の監視をしていたのではなかったのか。公認会計士事務所はきちん と顧客企業の会計を監査して、正しい監査報告書を提出していたのではなかったのか。ストックオプションは、経営者・従業員の努力の成果を自社株の取得に よって収益還元する理想的なシステムとして評価されてきたのではなかったのか。資本主義の先進国米国を見習って、日本でも同様な諸制度が積極的に導入され ているが、こうした米国流のシステムは欺瞞だったのか。

エンロンは簿外取引による粉飾決算と経営幹部の横領、アンダーセン会計監査法人は顧客とグルになって行った虚偽の監査報告書の発行と書類改ざん、グローバ ル・クロッシング、クエスト・コミュニケーションズは相互取引による架空売上の計上、タイコ・インターナショナルは偽装取引による脱税、ワールドコムは実 質利益(利払い前・税引き前・償却前利益)と呼ばれる利益指標を乱用して投資家を欺いた疑い等、その方法は事件によって異なるが、共通しているのは実態を 隠蔽した経営者による「株価の高値維持操作」と経営者が手に入れた「巨額な報酬」である。

米国において企業の成功、経営者の手腕を図る共通の尺度は株価の高さである。そのため経営者は、四半期毎の利益が証券アナリストの予想を凌駕しているかど うかの厳しい評価に曝される。これが期待水準を上回ると株価は上昇するし、下回ると下落する。90年代の米国の経済成長を支えた企業の躍進は、全て株価に 基づいて判断される極めて単純な「株価本位制」に立脚していた。

企業経営者の報酬は、会社から現金でもらう給料・ボーナスとストックオプションでもらう成功報酬の二本立てになっている。全米平均で見るとストックオプ ションによる報酬は97年以降現金支給部分を上回り、ダウが好調であった99年以降は現金支給分の2.5?3倍と高水準で推移している。株価が高い優良企 業ではこの数字は驚くほどの高倍率になる。そのうえオプション費用を税法上損金算入できることも企業の積極姿勢を助長した。

容疑を掛けられている企業の多くは優良企業として世間の注目と尊敬を集めてきた企業ばかりである。辣腕を自認する優良企業経営者は、お手盛りで巨額なス トックオプションを得てきた。では、なぜ取締役会は経営者のお手盛りを阻止できなかったのか。経営者の暴走をストップするために外部取締役を多数入れて企 業経営の監視をしてきたのではなかったのか。理論的にはその通りである。しかし現実は違っていた。

問題企業の外部取締役のひとりは、利益をどんどん伸ばす経営者に「君はオプションを貰い過ぎだ」とは言い出しにくかったと告白している。そのうえ多くの場 合外部取締役も経営者によって招聘されているし、彼らもかなりのオプションをもらっている。価値が増えつづける株式資産を見て、金に目が眩んでしまったこ とも事実であろう。更に、こうした経営者は利益実績をバックに社内外に強い影響力をもっており、外部取締役が下手なことを言って、経営者に退社されては元 も子もないという配慮も働いていたとしている。

増益基調が続くうちは良いが、減益基調に転じると事情は異なってくる。悪材料は何れかの時点で発表しなければならないのに、こうした悪材料を最初に入手す るのは経営者自身である。材料が悪ければ悪いほどこれを隠し続け、その間にオプションを行使し現金を手に入れようとする。その結果、こうした秘匿情報に近 づけない一般投資家は取り残されることになる。容疑企業の経営者が手にした現金は半端な額ではない。そのためこうした経営者の倫理感の欠如を非難する声が 日に日に高まってきている。

倫理感の問題となると、米国は元来倫理感の薄い国家だ。それ故にこの国では人間性悪説に基づく様々な規範が発達してきた。世界中から様々な民族が集まって 来るアメリカでは、共通の文化・因襲が少ないため、個人の成功を倫理規範ではなく、その人が稼ぐお金の大きさで判断しようとする傾向が強い。日本やヨー ロッパのように同質な国民が永年にわたって文化と因襲を育んできた国家では、お金よりはその人の社会的な地位等諸々の要素で成功を評価しようとするが、ア メリカにはこうした伝統はない。これがアメリカ独特の「拝金主義」を生み、米国資本主義の隆盛を支える活力の源泉となってきた。

シリコンバレーも例外ではない。シリコンバレーは新しい技術開発に専念するベンチャー精神に燃えた若者の集まるところと言うイメージが定着しているが、彼 らのベンチャー精神を支えるもうひとつの動機は「拝金主義」である。日本のように、小さな企業が苦労に苦労を重ねてやがて大企業に成長していくイメージは ない。むしろIPO(株式公開)によって短期間に巨万の富を手にし、あとは自分のライフスタイルを生かして悠々自適に生きるイメージの方が強い。

ベンチャー企業における「拝金主義」の良し悪しはともかくとして、上述した米国優良企業への疑惑がシリコンバレーへ与える悪影響は無視できない。今のシリ コンバレーでは、インターネットバブルの破裂に端を発した株式相場の下落、ベンチャーキャピタルの投資抑制姿勢から多くのベンチャー企業が資金調達難に 陥っている。こうした状況の中で発生した元ベンチャー企業の会計不祥事は、当地ベンチャー企業のIPOへの道を更に狭き門にするだろう。「拝金国家」アメ リカのツケは、シリコンバレーの行く手に重くのしかかって来ている。

(NIKKEI NET「海外トレンド」 2002年7月11日掲載記事より転載)

安藤茂彌氏

東京大学法学部卒業後、三菱銀行に入行。MIT経営学大学院修士。三菱銀行横浜支店長を歴任。1996年に東京三菱銀行を退職、シリコンバレーにわたり、米国ハイテク・ベンチャー情報を、インターネット上で日本語で提供するサービス
http://www.ventureaccess.com
)を運営。日米両国において、講演、コンサルティング・サービス等も活発に行っている。



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