アメリカ人らしさと国際性

トランス・パシフィック・ベンチャーズ社社長 安藤茂彌氏


大統領選挙に向けての4日間に及ぶ民主党大会がボストンで開催された。

 ブッシュ政権のイラク政策、国民皆保険の実現、減税で広がった貧富の格差、雇用機会の海外への流出、財政赤字の深刻化、と問題山積である。こうした問題 に答える期待を一身に集めてケリー大統領候補、エドワーズ副大統領候補が登場した。アメリカ国民にまだ良く知られていない両候補をアメリカ国民に知っても らうのが大会の大きな目的である。この大会の最終日にケリー候補が民主党の大統領候補として正式に指名された。

 勿論最大の争点はイラク政策である。この問題をめぐって国内は二分している。イラク戦争の正当性を主張して譲らないブッシュ大統領と、正当性の疑われる 戦争を起こし多くの犠牲者を出したと批判するケリー候補とが真っ向から対立している。戦争の進め方も争点である。ケリー候補は、アメリカは先制攻撃主義・ 単独行動主義をとって世界の信頼と尊敬を失ってしまったと批判している。アメリカに対する世界の信頼を取り戻すことが重要であると説く。

 アメリカ以外の国民から見るとその通りと言う発言がケリー候補の口からポンポン飛び出す。会場からは大きな歓声と拍手、そして席から立ち上がっての賛意 の意思表示が続く。そもそもこの戦争に疑問を持っている人が民主党大会の会場にきているから、熱気に包まれるのは当然であろう。では、両候補が民主党支持 者の心をしっかり捉えたか。まだ支持する政党を決めていない人々を民主党に傾けさせたか。

 ケリー候補はマサチューセッツ州の恵まれた家庭に育った。父親は外交官で母方はフォーブズ創立者一族である。名門高校からエール大学に進んだエリートで ある。幼少の頃ドイツで暮らしているためか、彼のやさしい微笑、立ち振る舞いにはヨーロッパ的な雰囲気がある。国際性豊な候補者だが、彼にはアメリカ人特 有の荒々しさが欠けているように見える。

 大統領は米軍の最高司令官である。軍を率いる最高責任者としての資質も評価される。ケリー候補はベトナム戦争の志願兵である。そのうえ勇敢な行動を取っ たとして3個のメダルを授与されている。これに対し、ブッシュ大統領は国内の警備隊に配属され、それもほとんどサボっていたと疑われている。こんなに違い があるにも拘わらず、こと最高司令官の適格性となると、世論の8割はブッシュに軍配を上げている。

 大会では婦人のテレサ・ハインツも演説した。食料品会社として有名なハインツ社の後継者と結婚して巨額な富を手に入れた女性である。彼女自身はポルトガ ル人医師の娘として、アフリカのモザンピークで育った。南アフリカの大学を卒業後、アメリカに渡り国連の通訳をしていた。その時期にハインツ財閥の後継者 に見初められ、1971年に結婚してアメリカ市民になった。その後、夫はペンシルバニア州の上院議員になった。正に“玉の輿に乗る”とは彼女のことを指す のかもしれない。

 夫の間に3人の男の子を生んだが、夫は1991年に飛行機事故で他界した。しかし夫の残した財産は彼女のものとなった。これをベースに様々なチャリティ 活動を続けてきた。最初の妻と離婚していたケリー候補と引き合わしたのはテレサの子供と言う。二人は1995年に再婚した。彼女の持っている莫大な資産 が、ケリー候補の選挙資金に投入されることになった。

 世界5カ国語を話す才能の持ち主である。しかし、民主党大会で彼女の英語を聞いて驚いた。彼女が話す英語にはかなり大きな訛りがある。通常のアメリカ人 が話す米語とは違う。多くのアメリカ人はこの大会で彼女を知る機会を得た。だが、彼女がアメリカの“ファーストレディー”として相応しいかについて疑問を もった人は多かったのでないだろうか。

 アメリカの大統領には、貧しい家庭に育ち苦学して大学に進学し、経済界、政界で成功し、大統領に就任した人が多い。どんなに貧しい家庭で育とうとも、本 人の努力次第で成功できる。これをアメリカンドリームと呼ぶ。成功の頂点は大統領である。大統領になることは紛れもなくアメリカンドリームの実現者であ る。

 そういう観点から見るならば、エドワーズ副大統領候補の方が、アメリカンドリームの体現者である。同氏はノースカロライナ州の貧しい家庭に生まれ、苦学 して地元の州立大学を卒業し、ロースクールまで出て腕利きの訴訟弁護士になった。民主党大会で演説したエドワーズ候補に惜しみない拍手が送られた。エド ワーズ候補はアメリカ人の共感を集めやすい人物のように見えた。

 ケリー候補の弱みは一貫性のなさであると言われる。ベトナム戦争の志願兵でいくつかの勲章を得たものの、帰還して直ちに反戦運動を展開した。その後一貫 して退役軍人の処遇改善に尽くしてきた。しかし、ブッシュ大統領のイラク派兵には賛成票を投じ、国連決議不在で派兵をするようになると反対に回り、大量破 壊兵器が見つからなくなると更に批判を強めると言った行動を取っている。何人かの政治評論家はケリー氏のイラク政策は依然として明確でないと批判してい る。

 筆者は最近「華氏911」を見た。社会問題を題材にした映画を製作して話題になっているマイケル・ムーア監督の最新作である。ブッシュ政権のイラク戦争 を痛烈に批判してカンヌ映画祭で特別賞を受賞した。米国内での公開は、今年11月に大統領選を控えている事情から一時公開が危ぶまれた曰く付きの作品であ る。

 この映画で多くのアメリカ人はブッシュ父子がサウジアラビア王室と如何に深い関係があるかを初めて知ったのではないだろうか。同時多発テロが発生してか ら米国で離発着する全ての航空機の運航がストップした。しかしサウジアラビア航空だけは運航を許されて、事件当時米国に滞在していたビン・ラディン一族を サウジアラビアへ帰還させた。それだけではない。事件の2日後に、ブッシュ大統領は駐米サウジアラビア大使とホワイトハウスで食事を共にしているのであ る。

 この映画は、市民レベルでの戦争の悲劇も克明に描写している。アメリカ中西部に住む貧しい白人が、生活の為に息子を戦場に送り出し、息子を戦死させてしまった母親の悲しみを描いている。また、失業中の若い黒人層を狙って兵役を促す光景も描かれている。

 アメリカは言論の自由を尊ぶ国である。選挙戦が微妙な時期でも、現政権を批判した映画も、反戦映画も上映される。懐の深い国である。言論の自由を守り、有権者に提供できる情報は全て提供して民意を問う姿勢は立派である。

 大統領に立候補するには、莫大な資金が必要である。そして政治的な信念のみならず、今までどういう政策にどのように票を投じてきたかも検証される。政治 家としての適性、人物の信頼性を評価され、対立候補からの批判にも耐えなければならない。候補自身の首実検だけではない。家族まで大衆の目に晒される。プ ライバシーを守る余地などない。体力も重要である。一人でも多くの有権者をひきつけるために、全米を飛行機とバスで遊説する強行日程をこなさなければなら ない。

 選ぶ人も選ばれる人も膨大な時間と資金を投入した民主党大会は無事終わった。共和党大会はこれからである。ケリー候補の支持率は大会前にはブッシュ大統 領を抜いて優勢に立っていた。大会直後に支持率は更に上昇した。だが、その後徐々に低下して、今では僅差でブッシュ大統領が優勢に立っている。どちらを大 統領にすべきか。アメリカ国民は、アメリカ人らしい大統領と国際性を持った大統領との間で揺れつづけている。

(NIKKEI NET「海外トレンド」 2004年8月9日掲載記事より転載)

安藤茂彌氏

東京大学法学部卒業後、三菱銀行に入行。MIT経営学大学院修士。三菱銀行横浜支店長を歴任。1996年に東京三菱銀行を退職、シリコンバレーにわたり、米国ハイテク・ベンチャー情報を、インターネット上で日本語で提供するサービス
http://www.ventureaccess.com
)を運営。日米両国において、講演、コンサルティング・サービス等も活発に行っている。



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