京都議定書への日本の対応

トランス・パシフィック・ベンチャーズ(Trans Pacific Ventures LLC)
President & CEO
 安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)


日米どちらの国も地球温暖化の話題で盛り上がっている。アメリカではこの問題も注目されている が、今年11月に控えた大統領選挙への関心のほうが高い。大統領選の争点のひとつとしても、健康保険制度の改革、イラク戦争への関心のほうがはるかに高 く、環境問題は陰に隠れてしまっている。

日本のメディアでの地球温暖化の取り上げ方はアメリカをはるかに凌ぐ。元旦の新聞各紙はこの問題の特集を組んで大きく報じているし、NHKも年末に特集番 組を組んで放送した。今年を「環境元年」と呼ぶ新聞も出てきた。昨年ノーベル平和賞を受賞したゴア元副大統領の著作「不都合な真実」も広く読まれていると いう。

筆者も「不都合な真実」を読んでみた。カラーの衛星写真をふんだんに使って世界各地の温暖化の状況を目に見える形で提示しており、温暖化の進行を過去数百 年間に渡ってグラフで表示するなど、説得力のある本になっている。この本を読めば読者は「これはえらいことになっている」と思うであろう。

「不都合な真実」を読んで、「おやっ」と思った数字があった。全世界の二酸化炭素の排出量は、アメリカが30.3%、ヨーロッパが27.7%と両者で約6割も放出している。これに対し、日本の排出量は世界の3.7%でしかない。

二酸化炭素は経済活動に比例して出てくるはずである。アメリカのGDPは日本の2.8倍であるにも拘わらず、二酸化炭素の排出量は日本の8.2倍である。ヨーロッパ(EU)のGDPは日本の3.4倍であるにも拘わらず、二酸化炭素の排出量は日本の7.5倍である。

日本が世界有数の経済大国であるにもかかわらず排出量が少ないのは、環境への配慮を続けてきたからである。日本は今までに水俣病、イタイイタイ病等の多く の公害訴訟が起き、そのたびに有害物質の空気や水中への排出を抑える努力をしてきた。その成果が国際比較で如実に現れている。

ではアメリカはどうか。大統領の政策如何で大きく揺れてきた。クリントン時代には環境浄化に配慮した政策が取られてきたが、ブッシュになってこの政策は大 きく変更された。アメリカはいまだに石炭を使った火力発電に依存している。依存度は5割に達する(日本は24%)。石炭火力発電は、二酸化炭素の排出量も 多いが、水銀、亜硫酸ガス、窒素酸化物(NOx)も出す。米国の環境対策の中心は電力会社の公害対策に置かれてきた。

米国環境保護庁はブッシュ大統領の就任前に、電力会社に対して厳しい規制を導入しようとしていた。即ち、石炭火力発電所のプラントごとに水銀の排出量を2008年までに90%削減させる方針でいた。それが2001年のブッシュ大統領の就任で大きく変わってしまった。

ブッシュは規制の実施時期を2018年にずらし、削減量を70%にする規制に変更してしまった。しかもプラントごとの排出量規制も変更し、一定規模以下の 設備更新であれば適用を免れる抜け道まで用意した。それでも削減目標を達成できない場合には、他社から排出権を買うことで達成できるような道も残した。

発電所が排出する他の有害ガス(亜硫酸ガス、NOx)についても同様の扱いにした。これよって従来の法律(Clean Air Act)は骨抜きにされた。環境保護団体はこれに猛反対の声を上げたがブッシュはこれを無視した。この規制は水銀、亜硫酸ガス、NOxにとどまっており、 二酸化炭素の排出規制は検討の対象にすらならなかった。野放しは今でも続いている。

ブッシュ政権は地球温暖化について最近まで「その原因が人為的なものであるかについては不明である」との主張を一貫して通してきた。この主張を守るために ホワイトハウス内に専門の担当官を置いて、法案の隅々にまで口を挟んで文言の修正を求めた。これに反発した環境保護庁の高官は相次いで辞任した。ブッシュ はこの法案修正の見返りとして、電力会社から数億円の献金を受けたと噂されている。

ブッシュ政権は自分の主張に反する科学的分析データの隠蔽工作も行った。環境保護庁が地球温暖化を裏付けるデータを年次調査書に掲載する際に、圧力をかけ てこれを差し止めた。これに憤った環境保護団体や科学者がいっせいにホワイトハウスに抗議文を送り、ようやく翌年の年次調査には正しいデータが記載され た。

今のアメリカでの地球温暖化問題は、選挙の票に直接結びつかない二次的な問題として扱われている。地域住民の大規模な公害訴訟があれば選挙の争点になる可 能性があるが、今のところ起きていない。これに対し、日本の取り組みはアメリカとは極めて対照的である。一国民が自国の問題にとどまらず、世界共通の問題 として真面目に取り組もうとしている。だが、その努力に値するのだろうか。

日本が現状の二酸化炭素排出量を6%削減したところで、世界全体で見れば0.2%の削減にしかならない。京都議定書は1990年を基準年として第一次約束 期間(2008-12年)に二酸化炭素を6%削減する義務を負っている。しかし実態は逆に6%以上の増加になっている。削減目標を無理やり企業別に割り振 れば、急激な景気後退が起きかねない。

削減の目標はむしろ、一人当たりGDPに対する二酸化炭素の排出量比率にすべきではないだろうか。アメリカが一人当たりGDPに対する二酸化炭素の排出量 を日本と同じレベルにすれば、それだけで21%削減できる。ヨーロッパが日本並みのレベルにすれば12%削減できる。あわせて33%も削減できる。地球温 暖化問題は一気に解決に向かう。

日本政府は今の形の京都議定書になぜこだわるのだろうか。日本人は日本人が提唱した初の世界的協定の実現に外交的面子をかけているように見える。他の国は この問題にもっと強か(したたか)に取り組んでいるのだ。日本人の生真面目な性格と、面子にこだわる習性が自らの首を絞めているように見えてならない。

幸いにして日本は最先端の環境技術保有国である。この技術の輸出を排出権の購入に結び付けられないだろうか。相手企業の有害ガス削減に貢献するのだから道理はある。こうした仕組みならば日本企業は排出権取引の導入にも乗れるのではないだろうか。

並行して、一人当たりGDPに対する二酸化炭素の排出量比率を京都議定書のもうひとつの柱として導入してはどうだろうか。これは規制目標でなくてよい。単に統計的数値としてフォローしていくだけでよい。それだけでも大国のモラルに訴えるには十分効果があろう。

全体の目標を各部門に割り振っていくような目標設定方式は、国際協調体制には馴染まない。むしろ参加することに心理的・政治的負担を感じないで参画できる 方式が、望ましいのではないだろうか。地球温暖化に対する世界各国の関心がここまで高まってくれば、あとは世界世論が後押ししてくれよう。参加各国のモラ ルに訴える形に変えるべきである。

筆者は、ゴア元副大統領の本のタイトルがなぜ「不都合な真実」なのか、以前から不思議に思っていた。今わかってきた。これはブッシュ政権にとって、公に知 られては困る「不都合な真実」という意味なのだ。だが日本政府にとってはむしろ「好都合な真実」なのだ。なぜなら世界中で読まれる本に「二酸化炭素の排出 量はアメリカ30.3%、欧州27.7%、日本3.7%」と明記してくれたのだから。

日本政府はこの「好都合」を京都議定書の骨組み改定に使うべきである。そして日本の環境技術を世界に輸出する絶好の商機として利用すべきである。二酸化炭 素の削減目標を達成できなかったら「ゴメン」と言えば良い。大国が協力しなければ「議長国」の座を放り出せば良い。日米の対応差を見るにつけ、日本はこの 問題にもっと「したたかに」取り組んで良いように思う。

(ベンチャーアクセス「シリコンバレーコラム」2008年1月より転載)


安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)


東京大学法学部卒業後、三菱銀行に入行。MIT経営学大学院修士。三菱銀行横浜支店長を歴任。1996年に東京三菱銀行を退職、シリコンバレーにわたり、米国ハイテク・ベンチャー情報を、インターネット上で日本語で提供するサービス:ベンチャーアクセスを運営。日米両国において、講演、コンサルティング・サービス等も活発に行っている。



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