国民主権のダイナミズム

トランス・パシフィック・ベンチャーズ(Trans Pacific Ventures LLC)
President & CEO
 安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)


いまアメリカは11月の大統領選挙の予備選の真最中である。各州で行われる予備選の結果がテレ ビを賑わせている。バラク・オバマ上院議員が勝って初の黒人大統領が誕生するのか。ヒラリー・クリントン上院議員が勝って初の女性大統領が誕生するのか。 この二人の争いはまだ民主党の大統領候補の指名争いでしかない。民主党の大統領候補に指名され、共和党の候補に打ち勝って初めて大統領になれる。それでも 異常なほどの盛り上がりを見せている。

私の友人(日本人)がこの熱のこもった選挙戦を見ていてボソッと言った。「アメリカという国は品のない国だよね」と。

言わんとするところは、「アメリカでは、どこの馬の骨だかわからない者でも大統領になれる。だが、日本には建国以来続いた由緒正しい天皇家がある」と言い たいらしい。確かに、アメリカの大統領は国家の元首である。戦前の天皇と同じ地位にある。アメリカでは4年に一度、新たに天皇を選び直していることにな る。

アメリカは建国2百年の歴史しかない新しい国である。ヨーロッパをはじめ世界各地から自由を求めて移住してきた人が作った若い国である。もともと君主が存在しないので君主を選びようがない。だが君主の存在しないことが「品が悪い」ことなのだろうか。

昭和天皇が崩御されたのは1989年1月7日だった。そしてその翌日から「平成」が始まった。その日の国民の表情をカメラで追ったNHKの特別報道番組が あった。色々な方にその日をどう感じ、どう過ごしたかをインタビューしていった。平行してアマチュアカメラマンが日本各地の「その日」の表情を映像で追っ て行った。

その日は曇りだった。皇居の前で天皇の死を悼む人の姿はほとんどなかった。カメラを向けても意味のある被写体は皆無だった。その日の皇居にはいつものよう に寒々とした冬空が広がっていた。太平洋戦争で命を落した日本人は3百万人を超える。戦争で家族を失い路頭に迷った人々はこの何倍にも達する。戦争の傷を 負わなかった家族は存在しなかったと言ってよい。

64年続いた昭和の終焉を白けた気持ちで迎え、平成という新しい時代の始まりを興奮して迎えた人もなかった。4年に一度の大統領選挙を熱っぽく展開するアメリカとは大違いである。

NHKの番組で太平洋戦争にサイパン派兵され九死に一生を得て復員した80歳代の男性がインタビューに応じていた。この方の周りにいた戦友のほとんどは殺 されたか、自害した。その方はこみ上げてくる涙を抑えながら語った。戦争で命を落した多くの人々のために「昭和天皇は亡くなられる前に日本国民に一言「済 まなかった」と言ってほしかった」と。正面きって天皇を批判できないことへのささやかな抵抗であった。

70歳代の女性の意見も印象に残った。「極東裁判で有罪になったにも拘らず、戦後に政治の表舞台に登場してきた政治家は多かった。責任を取らなくても許される日本人の文化が根付いてしまったのは、ここに原点があるのではないか。」と述べていた。

第二次大戦で何百万人死のうが、当時の日本人は「天皇の臣民」であり、彼らの死は当然の義務だったのだ。亡くなった日本人は3百万人を超えたが、そのうち 2百万人は終戦の半年以内に犠牲になった方々だ。終戦にいたるまでの御前会議で早く敗戦を認めていれば、これほどの犠牲者を出さずに済んだはずである。誰 が終戦を遅らせたのか。戦後60年経ってもいぜん闇の中である。日本では天皇の戦争責任に触れることを極端に嫌う。

戦後活躍した政治家は、極東裁判で有罪になった人もいるが、敗戦国ニッポンの名誉を回復し、独立国家として国際社会への復帰を図るために努力してきた。だ がそれは必ずしも国民の意思を聞く政治ではなかった。だから国民との間で安保闘争のような紛争が起きたこともあった。だが日本では政治家の責任を問うこと も好まない。

戦後、新たな権力構造として登場したのが公務員制度である。選挙の洗礼を受けない「公務員」が自己増殖し、「よらしむべし知らしむべからず」の体制が堅固 になっていった。責任を問われない日本の文化の原点は政治家というより公務員制度に起因するように思う。民営化、情報公開法等の成立を通じ、公務員は国民 に対して責任を負う体制を強めてきたが、それでも耐震強度偽造問題、C型肝炎訴訟、消えた年金問題のように問題が発生してから後追いする体制は続いてい る。

アメリカでは大統領が変われば公務員のトップのほとんどは更迭になる。大統領は行政の最高責任者として、自分の政策に近い人材を送り込む。大統領が変われば大統領につながった利益集団も振り落とされる。ガラガラポンの世代交代である。

今回の民主党の大統領候補者にはアメリカンドリームを体現する候補者が揃っている。オバマ候補は、白人のアメリカ人女性とケニアの男性との間に生まれた混 血である。それでも本人の努力でハーバードのロースクールを卒業して若くしてイリノイ州の上院議員に当選した逸材である。クリントン上院議員もアングロサ クソン系の中流家庭に育ち、エール大学のロースクールを卒業し、腕利きの弁護士として若い頃から高い評価を受けてきた女性である。単に元大統領の妻にとど まらない。

大統領選挙戦は長く苦しい戦いである。国民の厳しい人物評定に合格しなければならない。「この候補者に一国の未来を託せるのか」。人格・識見・能力・強さ のすべての項目でチェックされる。単に金があるだけではなれない。候補者に心情的に賛同し金銭的に支援してくれる草の根の支持集団や、企業の献金が続かな ければ勝利には結びつかない。

このように国民の総意を反映して大統領が決まる。そんな大統領であっても長く「権力の座」に座ることを許されない。アメリカ国民は4年間の期限付きで大統 領に行政を委託する。委託してだめだったら4年後に首に挿げ替える。よければ更に4年延長する。アメリカの大統領は、国民が選ぶ「使い捨て」の大統領であ る。

「国民」も間違いをすることがある。イラク戦争開始当時には国民の8割が戦争に賛成していた。その後、「これはおかしいのではないか」と思いつつもブッ シュを再選してしまった。「国民」が候補者の人物評定を間違う場合もあろう。偉そうなことを言うので大統領にしてしまったが、単に「口先人間だった」と反 省することもあろう。大統領が間違っても4年、国民が間違っても4年。大統領がどんなに良くても8年。

象徴天皇を心情的な国家元首と仰ぎ、議院内閣制の下で戦後の繁栄を築いた日本。選挙の洗礼を受けず新たな権力集団として登場した公務員制度。天皇制はいぜ ん存続し、政治家は交代する。公務員制度は問題が起きてからゆっくりと変わる。お上を批判せずじっと耐え忍び「品が良い」と自認する国民。アメリカはその 生成の歴史から見ても到底「品が良い」国家とは考えられない。だがアメリカ人に聞けば「そんなことよりも重要なのは自国を変革する能力だ」と回答するだろ う。

米国の国力はいまだに世界一である。アメリカが大国であることに疑問をはさむ人はいない。これに対し、日本はこの20年で大きく国力を落してしまった。子 供も学力も低下し、外国からの投資も減り将来を楽観できない情勢になってきた。各方面の将来予測グラフを見ると日本が中国に抜かれるグラフがあまりにも多 いのに愕然とする。ダボス会議でも大国ニッポンを疑問視する議題が堂々と俎上に上るようになった。

国力を低下させた責任は誰にあるのか。多くの日本人は回答に窮する。皆自分以外の誰かだと心の中で思っている。アメリカの制度は単純明快である。国民が選 び間違えたのだ。「大統領が間違っても4年、国民が間違っても4年。大統領がどんなに良くても8年。」期限付きの権力授与が、アメリカのダイナミックな強 さの源泉のように思う。

安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)


東京大学法学部卒業後、三菱銀行に入行。MIT経営学大学院修士。三菱銀行横浜支店長を歴任。1996年に東京三菱銀行を退職、シリコンバレーにわたり、米国ハイテク・ベンチャー情報を、インターネット上で日本語で提供するサービス:ベンチャーアクセスを運営。日米両国において、講演、コンサルティング・サービス等も活発に行っている。



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