資本主義の寿命

トランス・パシフィック・ベンチャーズ社社長 安藤茂彌氏


90 年代は日本がバブルの後遺症に悩まされつづけた10年間であった。この間に米国はインターネットブーム・規制緩和ブームに乗って長期にわたる成長を謳歌し た。しかし2000年春、米国のバブルは破裂した。日本の経済対策の稚拙さを笑っていた米国も他国の失政を笑えなくなってきた。米国が90年代の日本と似 たような状態になりつつあるからだ。いやそれ以上に70数年前に発生した大恐慌の再現も懸念されるようになってきた。

日本のバブルは土地バブルと株式バブルであった。米国のバブルは規制緩和バブルと株式バブルである。ワールドコム、グルーバル・クロッシング、クエスト・ コミュニケーションズは通信規制緩和の落し子であるし、エンロンはエネルギー規制緩和の落し子である。投資銀行(日本の証券会社に相当)は名もない企業を 「時代の寵児」として持て囃し、投資家は高い株価であっても我先にと飛びついた。金融機関はまたとない商売チャンスにあらゆる手段を使ってこうした企業と の取引獲得に走った。

その過程で不祥事が発生した。エンロンを例に取ってみよう。アーサー・アンダーセン会計事務所は租税戦略コンサルタントとしてエンロンにタックスヘイブン (租税回避地)を使ったオフ・バランスシートの資金調達と節税の方法を「入れ知恵」した。これだけであれば通常の商行為である。問題は、同会計事務所が同 時にエンロン社全体の会計監査も行っていることにあった。同一の事務所が一方で「入れ知恵」をしておきながら、他方で「入れ知恵」をチェックする役割を果 たしているからだ。こうした状況を「利害相反」(Conflict of Interest)があると呼ぶ。チェックを行う機能を別の事務所に担当させるべきだったのだ。そうでなければ会計監査の独立性・公正を保てないからだ。

エンロンのCFO(最高財務責任者)はアーサー・アンダーセン会計事務所の出身であった。彼のもとには、かなりの数の同会計事務所出身者が部下と して働いていた。今回の事件を内部告発した生え抜きの女子社員は、ここがエンロンなのかアーサー・アンダーセンなのか分かりにくいほど両社は異常な親密さ にあったとしている。エンロンは年間に1億ドル(120億円)の収入をアーサー・アンダーセンにもたらす同事務所最大の顧客であった。しかしエンロンの倒 産が近いと知るとアーサー・アンダーセンはエンロンに関する全ての資料をシュレッダーにかけてチェック機能不在の証拠隠滅を図らなければならなかった。

金融機関にも「利害相反」の嫌疑がかかっている。シティー・グループは傘下に商業銀行のシティー・バンク、投資銀行のソロモン・スミス・バーニー、保険業 のトラベラーズを抱える世界最強の金融グループである。シティー・バンクはエンロンとワールドコムに巨額の貸し出しを行い、ソロモン・スミス・バーニーは ワールドコムの株式発行、社債発行業務を一手に引き受けていた。これらが全く連携を持たずに行われていればスキャンダルにならなかったかもしれない。

ソロモン・スミス・バーニーは、ワールドコムの社債を一般投資家に売却して、それによって得た資金でシティー・バンクの同社への貸し出しを返済させた。商 業銀行業務と投資銀行業務が連携してグループとしてのリスクの回避と収益の極大化に動いたのである。その結果、無知な投資家の手元には紙切れ同然の債券が 残った。これは1929年に米国で大恐慌(Great Depression)が発生した時とまったく同じ状況である。大恐慌の教訓を元にグラス・スティーガル法ができ、商業銀行業務と投資銀行業務の兼営を禁 止したはずであったが、その後の規制緩和でこの法律の形骸化が進んでしまった。

投資銀行内部にも「利害相反」があった。ソロモン・スミス・バーニーでテレコム担当の著名な証券アナリストはワールドコム等の問題銘柄を「買い推奨銘柄」として投資家に推薦した。他方で同社の投資銀行部門は問題銘柄を一般投資家に売り捌いていた。

社債・株式の発行を計画している企業は、自社株を「売り推奨銘柄」にしている投資銀行には取引を頼まない。自社株を「買い推奨銘柄」に指定してくれている 投資銀行になびくのは自然の成り行きである。しかし証券アナリストは自分がどこの組織に属していようとも、客観的な分析と自分の良心に照らして株式の推薦 をすべきである。間違っても危ないと分かっている会社を投資推薦することはないはずである。

だが、ソロモン・スミス・バーニーの著名なアナリストは、他社の証券アナリストがワールドコムを「売り推奨銘柄」にしているときでも、同社を「買い推奨銘 柄」に指定しつづけた。彼がこれを変更したのは同社倒産の数日前であった。そのアナリストの報酬は同社の引き受け部門がワールドコムから受け取る証券手数 料収入にリンクされており、毎年2000万ドル(24億円)に上る巨額な報酬を得ていたと言われる。

証券の引受業務と証券アナリストの業務が全く別々の独立した企業で行われていれば「利害相反」問題は起きない。問題が起きるのは、本来中立・独立であるべ きアナリストが自社商売のために「ちょうちん記事」を書き、同社の引き受け・販売部門に巨額な手数料収入を誘導した時に起こる。この結果、一般投資家の手 元には紙切れ同然の株式が残り、ソロモン・スミス・バーニーは素晴らしい決算をした。

規制緩和は、規制で守られたままの企業が利用者を犠牲にして巨額の利益を貪るのを防ぎ、企業を再び自由競争の下に引き戻して公正な競争をさせる効果があ る。消費者には大きなメリットが生じる。私の手元に届く電話料金の請求書は数年前と比べて大幅に下がっているし、国際電話の長電話も気にならなくなった。

しかし規制緩和は規制撤廃を伴うだけに、一歩間違えると「原始資本主義」の時代に戻ることにもなる。そうすると巨大な企業が益々強大になり、弱き ものがそのしわ寄せを食らうことになる。原始資本主義の勝者である金融機関、大企業、会計事務所が内部に「利害相反」を抱えていたり、一法人内の異なる部 門が連携して利益の極大化・リスクの極小化に走ったりすると、インサイダー情報を持たない弱者の一般投資家がそのしわ寄せを受け、損失をまともに被ること となる。市場への信頼は一気に失われ、資本市場は崩壊の危機に直面するのである。

シリコンバレーで私の周りにいるアメリカ人は皆例外なく401K(確定拠出型年金)で投資していた株式の価値が半減し、いつになったら引退できるのか分か らなくなったとこぼしている。米国では貯蓄の殆どを株式で運用する人が多いが、株式市場への信頼を失った今、自分の富を何で運用すればよいのか迷ってい る。その上レイオフもまだまだ続いておりアメリカ国民は収入と運用の両面から極めて厳しい状況に立たされている。

共産主義は1917年のロシア革命から1989年のベルリンの壁崩壊まで72年続いた。資本主義は様々な試練を経ながら1929年の大恐慌から今年で74 年間生き続けたことになる。しかし次々と報道されるスキャンダルを聞くと、資本主義にも寿命があるのではないかとの疑問が湧いてくる。74年間に着実に進 化を遂げたはずの資本主義ではあったが、その間に規制緩和の名のもとに撤廃してはいけないものまで撤廃して74年前と同じ過ちを繰り返してしまった。

資本主義は人間の「欲望」を基礎として成り立つ体制である。そのために「欲望」の行き過ぎをチェックしバランスする機能が極めて重要である。利害が相反す るものを同一の組織に帰属させると、チェックが効かず規律のない「癒着資本主義」になってしまう。「利害相反」は「欲望」をベースとする資本主義が永らえ るために絶対に放棄してはいけない「先人の知恵」である。「癒着資本主義」が続くと強者が益々強者になり弱者は益々弱者になる。極限にまで落とし込まれた 弱者は暴動・体制転覆の暴挙に出るかもしれない。今のアメリカはそんな怖さを秘めている。

(NIKKEI NET「海外トレンド」 2002年8月14日掲載記事より転載)

安藤茂彌氏

東京大学法学部卒業後、三菱銀行に入行。MIT経営学大学院修士。三菱銀行横浜支店長を歴任。1996年に東京三菱銀行を退職、シリコンバレーにわたり、米国ハイテク・ベンチャー情報を、インターネット上で日本語で提供するサービス
http://www.ventureaccess.com
)を運営。日米両国において、講演、コンサルティング・サービス等も活発に行っている。



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