モバイル興隆の中、世界の隅に押しやられた日本の携帯電話産業

トランス・パシフィック・ベンチャーズ(Trans Pacific Ventures LLC)
President & CEO
 安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)


2008年のテクノロジートレンドを占うパネルディスカッションが5月中旬に開催された。 Churchill Clubが主催する恒例の会合で、1000人近い聴衆が集まった。当地の有力ベンチャーキャピタリスト5人が壇上でそれぞれ今年のトレンドについて上位2 つを予測し、残りのパネリストが賛否を投じた後、聴衆が賛否を投じる。賛成ならば緑のカード、反対ならば赤のカードを挙げるというもの。ここシリコンバ レーならではの光景である。

壇上に座ったのは、Draper Fisher JurvetsonのSteve Jurvetson、 Khosla Ventures のVinod Khosla、First Round CapitalのJosh Kopelman、Elevation PartnersのRoger McNamee、Accel PartnersのJoe Schoendorfと錚々たるメンバーである。今回は彼らの発言の中からITに関する部分をご紹介する。

今後5年間に世界人口の8割が携帯電話を使うようになる。特にアフリカでの利用普及が最も著しい。また、携帯電話機の価格は500円程度にまで値下がりする。

世界人口を65億人として、その8割は52億人になる。2007年11月時点の利用者数は33億人と推定されるが、それが一気に29億人も増えるという。2005年の世界の利用者は21億人だった。それがたった2年間で12億人も増えている。

統計を見てみると、確かにアフリカ市場は2005年時点で24ヵ国2億5000万人と12%程度のシェアを占めるに至っている。南アフリカ(3400万 人)、ナイジェリア(2100万人)、エジプト(1400万人)、アルジェリア(1360万人)、モロッコ(1240万人)、ケニア(650 万人)、ガーナ(280万人)、コンゴ(275万人)とかなり国民所得の低い国にまで普及している。

固定電話回線を敷設するには膨大な資金を要するが、携帯電話網であれば基地局を建てるだけで済む。金と時間をかけずに建設できることが、アフリカでの普及のドライバーになっている。この市場ではノキアと韓国勢が健闘しているという。

携帯端末からのインターネット・トラフィックは、今後5年以内にPCからのトラフィックを凌ぐようになる。

去年春にアップルが発表した「iフォン」は、タッチパネル上で指を操作するだけでさまざまな機能を利用できる新しい携帯端末になった。去年秋に、アマゾン が発表した「キンドル」は新聞・雑誌をオンラインで常時見られる携帯型電子ブックとして登場した。「キンドル」の購入には約4万円かかるが、通信料金はゼ ロである。購読料金は新聞で月額約600-1500円、雑誌は約125-325円、新刊本は約1000円と格安である。

もはや、自分のコンピュータにワードやエクセルを搭載して使う時代から、ブラウザでワードやエクセルを呼び出し、作業したらウェブ上に保存する時代になっ てきた。そうなるとデスクトップ、ラップトップは不要になる。PCの機能を代替する小型携帯端末で足りる。こうした製品は今後5年以内に数多く世に出され るだろう。

現在の機能に、財布、クレジットカード、IDカード、パスポート、両面カメラ、プロジェクター・スクリーンの諸機能を搭載し、手に持っただけで自動的に指紋認証する携帯電話が2年以内に登場する。

携帯の小さな画面でワードやエクセルを操作するのは窮屈であるが、画面をプロジェクター・スクリーンで壁や紙に投影すれば快適に使える。電話、メール、仕事、プレゼン、買物、旅行等、生活のすべての場面に渡ってこの端末一台で足りるようになる。

個人がウェブサイトにアクセスするたびに残す嗜好履歴をウェブ企業は広告業界に売り、広告主がこれを使って効率的なウェブ広告を流せるようになった。以前 はそのウェブサイトだけに残したはずの情報が、ウェブ企業間の提携やソーシャル・ネットワーキングの発達により業者間で共同利用されるようになってくる。

利用者は、アマゾンに本の嗜好を残し、ネット・フリックスにビデオの嗜好を残し、アップルに音楽の嗜好を残し、テーブル・ドットコムにレストランの嗜好を 残し、グーグル、ヤフーにクリックの履歴を残す。グーグル・ヤフー・フェイスブック間の提携や、ソーシャル・ネットワーキングで利用者が自分に関する情報 をいとも簡単にウェブに掲載するようになり、情報共有に歯止めがかけられなくなりつつある。

筆者はこのパネルディスカッションに参加し、ITのトップテーマがモバイルの更なる発達であることを確認した。だが日本企業はこれに対応する戦略をもっているのだろうか。

携帯電話機の世界シェアは、ノキア(フィンランド)が40%、サムスン(韓国)が14%、モトローラ(米国)が14%、ソニー・エリクソン(日本とス ウェーデンの合弁)が9%、LG(韓国)が7%とトップ5社で84%にも達する。ソニーを除く多くの日本の携帯電話企業は残り16%の中にひしめいている に過ぎない。それも日本の中だけで。

歴史を振り返ってみると、第一世代モバイルの先陣を切ったのは日本(1979年)、第二世代はフィンランド(1991年)、第三世代は日本(1999年) のiモードと、モバイルの最新技術を世界に先駆けて開発してきたのは日本である。それにもかかわらず、日本企業の世界におけるプレゼンスはほとんど無いに 等しい。

携帯機器の高機能化においても、これを牽引しているのはアップルである。「ipod」が斬新なデザインと、音楽・ビデオのダウンロード機能の一体化を進 め、日本企業が色あせてしまった。これから「iフォン」が魅力的なデザインと斬新なユーザー・インターフェイスで新しい時代の幕開けをしようとしている。 それに加えてアマゾンの「キンドル」の登場である。

アップルはもともと携帯電話機メーカーではない。コンピュータ屋さんである。アマゾンに至っては本屋さんである。それが新しい発想法でこの業界に飛び込ん できた。他社がまったくやっていないことをやって挑戦してきた。デザインや使い勝手の多少の改善だけでは追いつけない。消費者が考えもしなかったような製 品の開発が必要である。

日本で売られている携帯電話機の高機能には目を見張るものがある。アメリカは今頃「財布携帯」を予測している。日本の携帯電話機は世界のトップレベルであ るにも拘わらず、なぜ世界に打って出ないのだろうか。NTTドコモに垂直統合され、ドコモの下請け体制をいつまで続けるのだろうか。世界に冠たる日本の大 企業が狭い日本の中だけに留まっているのは、余りにも異様な光景である。

世界の人口は65億人。日本の人口は1億人ちょっと。日本はこれから人口減少の時代を迎える。減少していく1億人の市場と、拡大していく64億人の市場と どちらが大切か。今から世界戦略を展開しても遅くはない。64億人の市場はこれからも長く成長が続くのだ。日本の電機産業の命運をかけて、是非とも世界市 場に挑戦して欲しいものである。


(ベンチャーアクセス「シリコンバレーコラム」2008年6月より転載)


安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)


東京大学法学部卒業後、三菱銀行に入行。MIT経営学大学院修士。三菱銀行横浜支店長を歴任。1996年に東京三菱銀行を退職、シリコンバレーにわたり、米国ハイテク・ベンチャー情報を、インターネット上で日本語で提供するサービス:ベンチャーアクセスを運営。日米両国において、講演、コンサルティング・サービス等も活発に行っている。



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