我慢の季節が続く

トランス・パシフィック・ベンチャーズ社社長 安藤茂彌氏


2000 年の春に訪れたインターネットバブルと通信バブルの破裂がシリコンバレーの多くのドットコム企業を倒産に追い込み、多数の失業者を出した。数多くの人材が シリコンバレーを離れている。シリコンバレーの中心地、サンタクララ郡の現在の就業者数は96万人。2000年12月の106万人から10万人減少したも のの、2001年12月比ではわずか1万人の減少にとどまっている。今年9月の失業者数は減少に転じ、明るい兆しが見えてきた。大規模なレイオフは底を 打った感があった。

しかし最近になって、再びレイオフの波が訪れようとしている。サンマイクロシステムズで4,400人、ヒューレットパッカード(HP)で1万6,800 人、ルーセント・テクノロジーズで1万 2,000人。その他、インテル、AMDでもレイオフの噂が飛び交っている。第2弾のレイオフである。しかも当地の代表的な企業の大規模な人員削減であ る。

サンマイクロシステムズは、昨年 3,900人のレイオフを実施したにも拘わらず、バブルの破裂以降1四半期を除きずっと赤字が続いている。株価もピークの64ドル(2000年)から3ド ルまで低下した。原因は、景気の見通しが不透明なためにユーザー企業がIT支出を抑えていることによる。バブル時代に高額のUNIXサーバーを売って高収 益をあげてきたサンは、売上・収益を上げる道が見えなくなっている。市場の流れがUNIXからLinuxへ向かっているからだ。

HPのレイオフはコンパックとの合併によるものである。1万6,800人のうち旧HPの削減が8,200人、旧コンパックの削減が8,600人とほぼ同数の人員削減を行うとのことである。レイオフを行わない会社として知られたHPも今では普通の会社になってしまった。

ルーセント・テクノロジーズの状況は深刻である。販売先である電話会社の設備投資が極めて低調なため、過去2年半にわたって売上高の大幅減少と巨額の赤字 を出しつづけている。今回のレイオフで従業員3万5,000人体制を目指しているが、3年前の従業員数が15万3,000人だったことを考えると実に5分 の1 の規模である。この体制になって初めて利益体質になるとしているが、この実現は早くて半年後。その間に現在の手元現金44億ドル(約51,000億円)を 食い潰さないことが鍵となる。

同社の株価は、ピークの84ドル(1999年)から1ドル以下に急落した。ニューヨーク証券取引所の上場基準によると、株価が1カ月以上にわたって1ドル を割り込みつづけると上場廃止の勧告を受ける。最近この勧告を受けた同社は、株式の併合によって形式的に株価を吊り上げ、この危機を何とか乗り越えようと している。例え株式併合で基準は達成したとしても、倒産を現実に回避できるかに世間の関心が集まっている。

CRMの最大手シーベル・システムズは直近の四半期から赤字に転落した。一般企業のIT予算の削減からソフトウェアの販売が7四半期続けて減少した。7月 には1,200人のレイオフを行ったがそれでも収益力は回復せず四半期では赤字転落となった。データベースの最大手オラクルも、7四半期連続して売上が減 少しており、先々の見通しは決して楽観できない。

米国経済は、悪い悪いと言われながらも今まで景気の二番底への転落を回避してきた。消費者は、金利低下をとらえて住宅ローンの借り換えを行い、値上がりし た不動産を担保に借り増しをした。これで入手した現金を消費に回したので何とか景気の後退を招来せずに済ませてきた。過去2年半にわたって株価は大きく下 落したが、不動産価格は過去10年の好景気持続と低金利に支えられて米国各地で高騰している。このため消費者は資産の目減りも耐えられるレベルと感じてき た。

しかし、不動産価格が下落に転じたらどうなるであろう。逆資産効果が顕在化して90年代の日本と似た状況になる可能性がある。米国GDPの7割を占める消 費が翳り出したら景気は大きく停滞するだろう。一般企業のIT予算は景気の悪化から今以上に締められ、シリコンバレー企業の苦悩は更に深まることになろ う。

こうしたシリコンバレーの苦しい状況をブッシュ大統領は知っているのだろうか。大統領の頭の中には、イラク侵攻、フセイン政権打倒以外は全くないと言われ る。そこへ北朝鮮の核開発疑惑が浮上した。大統領の頭の中は今まで以上に政治のことで一杯である。MBAを持った最初の大統領と言われながらも、経済には 全く無関心である。今のところ景気浮揚策を真剣に検討する姿勢は全く見られない。

クリントン大統領は、頻繁にシリコンバレーに来て当地企業のトップと意見交換をしていた。娘のチェルシーがスタンフォード大学に在学していたことも、当地 を頻繁に訪れた理由のひとつであった。大統領専用機で近隣の空軍基地に降り立ち、ごく普通のホテルに宿泊していた。筆者がセミナー出席のためホテルに立ち 寄った時、パトカーが数台集まっているので理由を尋ねると、クリントンが来ていると言う。大統領の身辺を護衛するにしては軽装備と感じた。よく週末にやっ てきて家族で週末を楽しみ、しばしば当地有力者の主催する自宅でのパーティーに呼ばれ、当地ハイテク企業のトップと親密に歓談をしていた。

しかし、ブッシュが大統領になってすべてが変わってしまった。当地企業のトップと意見交換に来たことは一度もない。サンノゼ、サンフランシスコに来ること はあっても、共和党を応援するための訪問で、決まってイラク侵攻のアジ演説をしてさっと帰ってしまう。護衛の物々しさはクリントンの比ではない。

ブッシュ政権を資金的に支えるスポンサー企業の1社にマイクロソフトの名前が挙がっている。同社はクリントン政権当時に独禁法違反の嫌疑で厳しく追及され たが、ブッシュ政権に変わった途端に無罪放免同然になってしまった。同社追及の急先鋒であったサンのマクネリー会長、オラクルのエリソン会長がこの結末に 大きな不満と失望感を持ったのは想像に難くない。この事件を契機として、シリコンバレーの企業はマイクロソフトへのアレルギーを一層強める共に、ブッシュ 政権への不信を募らせることになった。

米国企業のIT投資抑制姿勢に加えて、ブッシュの政治最優先とマイクロソフト寄りの政策を見せ付けられ、現政権には見放されたと感じている当地企業のトップは多い。残念ではあるが、シリコンバレーの「我慢の季節」はまだまだ続きそうな気配である。

(NIKKEI NET「海外トレンド」 2002年10月29日掲載記事より転載)

安藤茂彌氏

東京大学法学部卒業後、三菱銀行に入行。MIT経営学大学院修士。三菱銀行横浜支店長を歴任。1996年に東京三菱銀行を退職、シリコンバレーにわたり、米国ハイテク・ベンチャー情報を、インターネット上で日本語で提供するサービス
http://www.ventureaccess.com
)を運営。日米両国において、講演、コンサルティング・サービス等も活発に行っている。



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