「戦おう!」と国民を鼓舞するマケインは、米国の停滞を救えるのか

トランス・パシフィック・ベンチャーズ(Trans Pacific Ventures LLC)
President & CEO
 安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)

 次期アメリカ大統領候補を決める共和党大会が9月1日からミネソタ州セントポールで開催された。この大会は二つのドラマで迎えられた。ひとつは、メキシコ湾を北上する大型ハリケーンが9月1日にニューオーリンズを直撃する形勢にあり、また大きな被害が出ると予想されたこと。そのために、初日の大会は当初日程を短縮して行われた。

 もうひとつのドラマは、前週末に副大統領候補にアラスカ州の現職女性知事が指名されたことだ。国政の世界ではまったく無名の新人であるとともに、共和党初の女性副大統領候補である。民主党の副大統領候補にヒラリー・クリントン上院議員が選ばれなかったので、女性票集めを狙った選挙戦術と見られた。

 彼女の名前はセラ・ペイリン。5人の子供を持つ44歳の白人女性である。アイダホ大学を卒業しジャーナリストになるが、アンカレッジ郊外の人口 5000人のワシラ市で市会議員に当選。同市の市長を6年間勤めたあと、2006年にアラスカ州知事に就任。マケイン候補は72歳と高齢である。大統領に万一のことがあれば、副大統領が大統領になる。彼女で大丈夫か。

 ニュース・メディアはこぞって彼女の「人となり」を紹介した。若い頃ミス・アラスカの美人コンテストで準優勝。5人の子供のうち末っ子は生後5ヵ月。しかもダウン症をかかって生まれてきた。17歳の娘は妊娠5ヵ月の高校生。相手の男子生徒とはいずれ結婚させると言う。アラスカ州政府の局長の解任人事を巡り、知事の権力乱用の疑いで事情聴取が行われている。なんと話題の多い女性であろうか。

 何で彼女を副大統領に指名したのか。マケインの意図がだんだん見えてきた。ひとつは女性票の確保。もうひとつは共和党保守層の支持を取り付けるためである。アメリカでは「中絶」が争点のひとつである。彼女が第五子を妊娠中にダウン症と分かっても、中絶せずに生んだ。これが宗教色の強い保守層に猛烈にアピールするのである。

 大会3日目に彼女が副大統領候補の受託演説をした。スピーチライターが作り、何回も練習して発表するのだから、おかしな演説には成りようもないが、これがなかなかの演説なのである。アラスカでの自分の経験と政治信条を披露し喝采を浴びた。アメリカ国民はテレビの前に釘付けになった。

 大会2日目にブッシュ大統領は演説したが、ハリケーンの接近を理由に、会場での生の演説は見送られた。代わって、ホワイトハウスから生中継が行われた。演説の模様は演壇後方の大きなスクリーンに映し出された。

 ブッシュ大統領の登場はこれだけだった。チェイニー副大統領に至っては、大会に呼ばれもしなかった。史上最悪の大統領といわれるブッシュ政権(共和党出身)とは距離を置こうとするマケイン候補の意図が至る所に感じられた。

 大会最終日には、いよいよマケイン共和党大統領候補が受託演説を行った。演説に先立って、同人の生い立ちと遭遇した様々な事件を映像で追うビデオが流された。その中には911でワールドトレードセンターが崩壊する場面も出てきた。当時のニューヨーク市長ジュリアーニ氏の大活躍する場面は出てきたが、ブッシュ大統領の貢献は全く触れられなかった。

 マケイン家は三代続いた軍人一家である。祖父、父はともに海軍大将にまでの登りつめた。特に祖父は、日本が太平洋戦争で無条件降伏に調印したときに、東京湾に浮かぶ戦艦ミズーリにいて調印式に参加した海軍高官である。マケイン候補は海軍士官学校に入学するが、酒におぼれて、ビリに近い成績で卒業した。その後、ベトナム戦争に従軍するが、搭乗機が追撃され北ベトナム軍の捕虜になり、5年間半に渡りハノイで拷問にかけられるつらい日々を送った。

 帰国してみると、ベトナム戦争は大義なき戦争だったと知らされ、屈折した日々を送る。81年に軍人を退役して、思い切って政治家を目指す。だが実際にワシントンに来てみると、周りは党利党略を優先する政治家ばかりであった。そこで党の利害から離れて、自分の考えで行動するようになった。以降、同候補には「一匹狼」のあだ名がつくようになった。

 「一匹狼」とは言われるものの、実際にはイラク戦争には最初から賛成しているし、世論が撤兵を要求しているときに増派を唱えるなど、かなりブッシュ政権寄りの行動をしている。

 演説はワシントンの政治体質を批判するところから始まった。今の政権には、汚職体質、予算を派手に使う浪費癖、自分の利害を国の利益より優先する体質がある。自分はこうした政治から決別して、選挙民のために働く大統領になると宣言した。

 自分の経済政策は、減税をし、支出を抑え、市場開放を続けることである。それにより経済成長を図れ、雇用を創出できる。海外に流れた職が戻ってこなければ、新しい職を作ればよい。それには労働者の再教育が必要だ。学校に競争原理を導入して、学校制度をもっと充実させる必要がある。

 7000億ドルに上る海外援助金の見直しを行う。アメリカを嫌う国に援助する必要はない。沿岸部で石油をもっと発掘し、原子力発電所ももっと作る。石炭のクリーン・エネルギー化、低公害車の開発を進める。石油価格の高騰で弱くなった経済を蘇生し、アメリカがこの分野で指導力を再び発揮できるようにする。

 アルカイダに打撃を与えたが、イラン政府が匿っているのでまた米国を攻撃してくるかもしれない。ロシアは民主化を拒み、周辺国に侵攻して石油供給路を支配し、ロシア帝国を作ろうとしている。これらの動きは世界の平和と安定を崩し、アメリカに脅威を与える。自分は元軍人としてどう対処すればよいか知っている。アメリカは絶対に戦争に負けない。アメリカが負けるのを見るぐらいなら、自分が選挙に負けるほうがずっと良い。

 ハノイで過ごした5年半の捕虜生活はつらいものだった。捕虜になったときには、両腕を骨折し、片足も骨折していた。まったく治療を受けられずに独房に入れられた。敵は、私の父が海軍大将であることを知り、ようやく病院に移された。だが、ろくな治療も受けられずに、再び牢屋に入れられた。

 こうした困難があったから、自分はアメリカを愛するようになった。アメリカは自ら正しいと考える理想のために戦う国民である。アメリカ国民には、知恵と正義と善良さがある。私は国のためにこの体を捧げた。私は命ある限りアメリカのために戦う。

 この国の正義のため戦おうではないか、自由を愛する人々の理想のために戦おうではないか、子供たちの将来のために戦おうではないか、立ち上がって敵からアメリカを守るために戦おうではないか。諦めてはならない、逃げてはならない。アメリカの歴史を作るために戦おう。

 72歳の爺さんは拳を振り上げて何度も何度もFight(戦おう)を連呼して演説を締めくくった。大きな拍手と喝采に包まれた。聴衆の99%は白人だった。演壇背後のスクリーンには再び大きな星条旗がたなびいていた。マケインはこの演説で「Fight」を43回も言った。

 筆者は、内容が乏しく抽象的で、愛国心を強調しただけの演説のように感じた。この演説は運動部の結団式に似ている。民主党大会が文化会系とすれば、これは体育会系の大会である。体育会系的に国民を鼓舞するのは、いまのアメリカに必要なのだろうか。武力行使に限界が見えてきたときに、アメリカは彼のような軍人出身者を必要とするのだろうか。時代錯誤ではないかとの疑問が湧いて来た。

 では支持率はどうか。マケイン候補はオバマ候補に勝てないと言われてきたが、直後には1パーセントの差にまで追い上げた。これはマケイン候補の演説が効果あったというより、ペイリンの登場が好感度を上げたからだと思う。それでも日本の報道機関が報じるように逆転はしていない。大会終了1週間後にはまた以前の3%差になっている。ただ、これは誤差の範囲と見ることもできる。

 もうひとつ気になるのは、人種問題が最終的に投票をどう左右するかである。CNNのある番組で「黒人が大統領になるのはどうしても嫌だ」という白人層が増えてきているとの世論調査があるという。情報の出所は明らかにしていない。アメリカ人は幼いときから「人種差別をしてはいけない」と教わっている。だが、こうして4人の候補が揃ってみると、白人同士のペアに惹かれるのかもしれない。

 ただ、時間が経つうちに米国経済は悪化の一途を辿っている。失業率は6%を超え、不動産価格は下がり続けている。銀行の倒産は続き、政府系住宅金融公社を政府の管理下に置かざるを得ないところまできた。マケイン候補が言うように「自由経済で問題が解決できる」などと悠長なことを言っている状況ではなくなりつつある。経済の悪化はオバマ候補に有利に働くだろう。

 いずれにしても両党の正副大統領候補が決まり、4人の役者はすべて揃った。今回の大統領選挙が接戦になることも確実になった。オバマ候補の登場で、今まで投票所に行かなかった多くの人が投票所に行くと言われる。11月4日の本選挙に向けて、両候補のテレビ討論が始まる。選挙戦はこれから更に激しさを増す。これからの4年間を誰に託すのか。アメリカ国民に残された時間は60日を切ってきた。

ベンチャーアクセス「シリコンバレーコラム」2008年9月より転載

安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)


東京大学法学部卒業後、三菱銀行に入行。MIT経営学大学院修士。三菱銀行横浜支店長を歴任。1996年に東京三菱銀行を退職、シリコンバレーにわたり、米国ハイテク・ベンチャー情報を、インターネット上で日本語で提供するサービス:ベンチャーアクセスを運営。日米両国において、講演、コンサルティング・サービス等も活発に行っている。


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