米金融危機、付け焼刃の対応策が残した大きな課題

トランス・パシフィック・ベンチャーズ(Trans Pacific Ventures LLC)
President & CEO
 安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)

 筆者はいまサブプライムローンをリーマン・ブラザーズから借りている。最初は別の金融機関から借りていたのだが、転売されて今はリーマン・ブラザーズから借りた形になっている。その銀行が倒産してしまった。だが、リーマンからは何の連絡もない。

 テレビでは今まで、「アメリカ経済は健全か」、「この問題に対処できる人材はマケイン候補かオバマ候補か」が議論されている。悠長な話である。ブッシュ大統領も政策の間違いを認めたくないのか、今まで経済問題に踏み込んだことは少なかった。国民の多くは今まで金融危機を肌に感じていなかったが、この1週間で状況は一変した。

 多くの国民が「経済問題が大統領選挙の最大の焦点である」と認識するようになった。ではブッシュ政権の責任を問えば足りるのか。そうではないと思う。最大の責任は破綻した金融機関の経営者にある。次にこうした事態を放置してきた行政当局の怠慢にあると思う。

 また筆者の経験に戻って話をしよう。筆者が住宅ローンを借り入れたとき、返済条件に3つの選択肢があった。1番目は利息を満額支払い、元本も徐々に返済していく方法。伝統的な返済方法である。2番目は、利息は満額返済するが、元本は全く返済しない方法。これだといつまで経っても借金は減らない。3番目は、利息も一部しか支払わない方法。これだと支払われなかった利息は元本に上乗せされて、借金はどんどん増えてしまう。私は怖くなって1番目の方法を選んだ。

 この話を持ってきた金融ブローカーに、「2番目、3番目でどうやって元本を返済するのか」と聞いたら、「余裕ができたときに返済すればよい」との回答であった。何と心地よい借金であろうか。「ところで金融ブローカーはどうして収入を得ているのか」と聞いたら、「ローンを積み上げたい銀行や投資家から手数料の支払いを受ける」とのことであった。

 ローンが実行された後に、筆者のローンは3回転売されて、リーマン・ブラザーズが貸し手になった。3番目の返済方法を選んでも最終的にリーマンに行き着いたかもしれない。リーマンはこうしたローンを束ねて、なんらかの加工をした金融商品を買ったのだろう。転売が可能で、金融商品に転換されたら、本来のリスクは容易には見えなくなってしまう。

 転売を仲介するブローカーは手数料を取るので、ローンそのものはきわめて採算の悪い「ポンカス」ローンになって流通しているはずだ。これはトランプの「ババ抜き」に似ている。「ババ」をつかんだものが負けなのだ。急いでローン資産を積み上げようとすれば、「ババ」をつかむ。リーマンはこの分野で後発組だったので「ババ」をつかんだのだろう。

 AIGも問題になった。世界最大の保険会社である。日本でもアリコ、AIG保険の各種商品で幅広く事業展開している。AIGの業績が悪化していると聞いて耳を疑った。よく聞いてみると保険部門は儲かっているが、新規事業分野である投資銀行部門が大きな損失を出している。なかでもクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)と呼ばれる金融取引がその原因だった。

 CDSは、金融取引の中で信用リスクだけを別個に売買する取引である。例えば、社債保有者が発行企業の信用リスクをヘッジするために利用する。CDSの売り手は信用リスクを引き受ける対価として保険料を受け取る。AIGはこの種の取引を多く抱えていたという。これは通常の保険取引とはリスクが全く異なる「信用保証取引」である。

 通常の保険取引であれば、大数の法則を利用してリスクを算定する。生命保険であれば死亡率を計算して保険料をはじき出すし、損害保険であれば損害発生率をはじき出して保険料をはじく。ところがCDSは信用リスクの商品で、大数の法則が働かない。信用リスクは経済環境によって刻々と変化するし、金融危機ともなれば一気にリスクが顕在化する。

 AIGはCDSの収入を「保険料」と呼んでいるが、「保証料」と呼ぶのが正確ではないだろうか。AIGは業務の多角化を進める過程で、保険業務の常識では計算できないリスクを取っていたのだ。まさに経営の失敗である。

 ポールセン財務長官は「公的資金は投入しない」とかねてから明言してきた。では、なぜ長官は3月にはベア・スターンズを救済し、9月7日には住宅金融公社2社を救済し、9月16日にはリーマン・ブラザーズは救済せず、翌日17日には一転してAIGは救済する等、一貫性のない意思決定を行ったのか。住宅金融公社は若干性格が違うので、民間金融機関3社の破たん処理について時系列で追っていこう。

 ウォール・ストリート・ジャーナルは次のように報道している。3月のベア・スターンズの救済で長官は、JPモルガン銀行に買収を迫ったが、何らかの救済措置を求めたので、中央銀行(FRB)がベア・スターンズの資産を300億ドル(約3兆円)買い取ることを条件に買収を実現させた。だが、この取引には「モラルハザード」があるとの非難が集中した。「私企業の経営失敗を国民に尻拭いさせる倫理観の欠如」を指摘されたのである。

 次に、信用不安が漂っていたリーマン・ブラザーズへの対策を検討した。長官は9月中旬のある週末に金融界のトップをニューヨーク連銀ビルに秘密裏に召集し、大手金融機関によるリーマンの買収を検討させた。だが、リーマンの資産内容があまりにも悪く、どこの金融機関もベア・スターンズと同様の公的支援がないと買収できないと回答した。だが、この条件は長官にとって取れない選択肢だった。

ではAIGはどうだったのか。同長官の古巣であるゴールドマン・サックスとJPモルガンに私募債によるAIGの資金調達を依頼し、これが実現できなければ潰そうと考えていた。AIGがCDS債務を多く抱えていたことは、所詮は金融界の内部の取引であり、潰せない理由にはならないと考えていたようである。

 それよりも同長官が懸念したのは、AIGが世界130カ国で保険事業を展開し、世界各国の金融マーケットと家計に密接に関わっていることである。同社を倒産させれば、各国の保険契約者を直撃し、世界各地の金融市場が一斉にパニックに陥ることを懸念した。これは米国の国内問題では済まされない重大問題に発展する。

 週明けの月曜日(15日)に格付機関がAIGの格下げを発表した。追い込まれた同長官はAIGの社長に電話して「経営者トップの辞任と、米国政府が同社優先株79.9%を保有することを条件に、緊急貸付金850億ドル(約8兆5000億円)を供与すると提案した。AIG経営陣の応諾の返事を待って16日に支援策を公表した。

 ポールセン財務長官は、AIG以降新たな金融機関の信用不安が起きても、もはや業界内の他の金融機関からの買収で解決することは難しいと判断した。買収できる体力のある金融機関が米国にはないからである。残された道は公的資金の導入を政治家に納得してもらうことしかなかった。

 AIG救済を発表した翌々日に中央銀行総裁とSEC委員長を従えてブッシュ大統領を訪問した。「公的資金(英語ではTax Payer's Moneyと呼ぶ)」の導入がなければ、問題解決できないと説明し、大統領にその旨の声明を発表してもらうように要請した。公的資金の導入に最初から反対だったブッシュ大統領も、事態の深刻さを知り不承不承了承したといわれる。会談は45分で終わった。

 その足で議会の金融委員会に出向き、「公的資金導入にかかわる立法措置」を依頼した。金融委員会の各議員もこのまま放置すればきわめて憂慮される事態の発生に驚き、全員一致で財務長官の案を了承した。長官の恫喝は見事に成功した。この会合は秘密会で行われ、その詳細は公表されていないが、公的資金の総額は7000億ドル(約70兆円)で、「住宅ローン買い上げ機構」の設立が含まれているといわれる。

 アメリカの金融危機への対応措置を見てみると、90年代に日本政府が取った措置とよく似ている。公的資金の導入は大型破綻が起きてからでないと出動できなかった点も同じである。ただ違うのは、日本の場合には財務省(当時は大蔵省)に世論の非難が集中し、政治の中でもモミクチャにされながら金融監督庁を発足させ、その後に国会で公的資金の導入が採択される時間のかかるプロセスが取られた。

 米国の場合にはこうしたゴタゴタはなかったので、問題処理のスピードはきわめて早い。だが一方で、対応策が残した「モラルハザード」は日本より遥かに大きいし、「付け焼刃」的な対策に見える。米国の世論は監督官庁が金融業界にもっと踏み込んだ指導監督をしなければならないとしているが、具体的な議論はまったく行われていない。

 住宅価格が異常に値上がりし、住宅市場が過熱気味であることはこの10年来指摘されてきたことだ。だが、グリーンスパン前連銀総裁は引き締めに動かなかった。早めに監督官庁がきちんと監督していれば、ここまで後手に回らないで済んだように思う。AIGのCDSは明らかに保険業務の領域を逸脱しているし、ベアとリーマンの住宅金融商品への投資も本来の投資銀行業務の領域を逸脱しているように見える。

 アメリカの金融界を支配する企業風土にも問題が多い。「早く儲かるものなら何でもやる」、「手数料を掠め取ってリスク資産を市場で売却する」。まさに「強欲」と「無責任」経営が招いた当然の報いである。そして経営者は何十億円といった桁外れの報酬を貰う。その上、経営に失敗しても法的な責任を問われることは少ない。モラルが全く欠如している。

 日本では、北海道拓殖銀行、日本長期信用銀行、日本債権信用銀行の旧経営陣は銀行を破綻に追い込んだことの法的責任を追及されている。北海道拓殖銀行では巨額な賠償責任が確定している。今回の危機処理で米国経営者の責任問題にまで発展させられなければ、税金を注ぎこまされたアメリカ国民、トバッチリを受けた他国の国民は納得しないのではないだろうか。

 ポールソン財務長官は議会に7000億ドルの処理権限を自分に一任するように求めて了承されたとしているが、早くも反対の声が上がっている。オバマ候補もマケイン候補も、選挙で選ばれたのではない、単なる一官僚にそれほどの大権を授与できないとしている。

 また、ポールソン財務長官が先週実施した破綻処理策が、ヘッジファンド、リポ、マネー・マーケット・ファンド、ミューチュアル・ファンド市場にどのような影響を与えるのか。連鎖倒産は起きないのか。現時点ではまったく見通しがつかない。この1週間に起きた破綻処理劇はまだ第一幕に過ぎない。本当のドラマはこれから始まる。日本は金融危機解消の先輩国として、高みの見物をしようではないか。

(ベンチャーアクセス「シリコンバレーコラム」2008年9月より転載)
 

安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)


東京大学法学部卒業後、三菱銀行に入行。MIT経営学大学院修士。三菱銀行横浜支店長を歴任。1996年に東京三菱銀行を退職、シリコンバレーにわたり、米国ハイテク・ベンチャー情報を、インターネット上で日本語で提供するサービス:ベンチャーアクセスを運営。日米両国において、講演、コンサルティング・サービス等も活発に行っている。


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