勝者と敗者 ?シリコンバレーから?

トランス・パシフィック・ベンチャーズ社社長 安藤茂彌氏


11 月中旬全世界が見守る中、イラクのサダム・フセイン大統領は大量破壊兵器の有無を確認する国連使節団の受け入れを表明した。各国はイラクの対応を見守れば よいと考えている。しかしブッシュ大統領だけが国連の決議があったにも拘わらず、イラクへの武力による威嚇を執拗なまでに繰り返している。「相手の出方を 見れば良いではないか。やると言ったのだから信じろよ」「そこまで相手を追い詰めると"窮鼠猫を噛む"ではないが、逆効果になるのではないか」。世界の各 地で米国の強硬姿勢に反対するデモが行われた。

口を開けばイラクへの攻撃を熱っぽく語るブッシュのアジ演説に私は正直言って嫌気がさしてきている。世界平和の鍵を握るアメリカの大統領である。大国の大 統領らしくもっと品位と風格を持って世界の人々の心に訴えてほしい。そう思っているのは私だけではあるまい。欧州も、そしてロシアまでもが国連の決議を無 視して単独で武力を行使しようとする姿勢に疑問を抱いている。しかしアメリカ国民はブッシュ大統領に高い支持率を与えている。何故だろう?鍵はこの国に根 付く「独特のアメリカ人気質」にあるように思う。

この国ではWinner(勝者)とLoser(敗者)と言う言葉を頻繁に使う。人をすぐに勝者と敗者に区別したがる。苦境に陥ったときには「Cannot Lose」と強調し、なんとしてでも敗北を免れようとする。

もっと恐ろしい言葉に、「Winner Takes All」がある。強いて日本語に訳せば「勝てば官軍」である。ただ「官軍」といっても何のことか分からない。多分これに近い訳語は「やらずぶったくり、何 でもあり」であろう。裏を返せば「敗者になれば、やられてぶったくられて、何をされても文句は言えない」となる。だから負けられないのである。

エンロン、ワールドコムのスキャンダルが表面化したときに、経営者が如何に多額の報酬をもらっていたかが白日の下に曝された。数億ドルの収入である。日本 の経営者と2桁以上違う。これに対し、普通の従業員は数万ドルの報酬しかもらえない。MBAでも持っていない限り、若くて10万ドル超の年収を手にするこ とは難しい。人事も上司に気に入られているかどうかが鍵となる。反抗すれば次のレイオフの候補者になる。日本企業と違って人事部が権限をもっていないし定 期昇給もない。ビジネスの世界は、まさに「Winner Takes All」の世界である。

アメリカ人ほど生きることの厳しさを日々感じている国民はないであろう。レイオフされればその日から収入がなくなるため、間髪をいれずに次の職場を探さな ければならない。健康保険への加入は任意であり、国の運営する健康保険制度はない。すべて民間任せであるから保険料はとても高い。だから保険に加入してい ない人口が多い。この国では病気になれない。セーフティーネットは日本と比較にならないほど少ない。国はそこまで面倒を見る必要はないと考えているから だ。その代わり自由を与えている。チャンスを与えている。成功するか否かは個人の才覚による。これがアメリカの思想である。

こうした環境だからベンチャーが育つ。早めに経済的成功を収めて一生心配をしなくて済むような財産を築きたいと考える。そのためには人に使われていては駄目だ。自分で事業を起こさなければ巨額な財産は築けない。セーフティーネットは自分で構築しなければならないのだ。

シリコンバレーのある著名人が、「アメリカの技術革新はFear & Greed(恐怖心と貪欲)によって実現される」と語ったことがある。正鵠を射ている。敗れてもまた別のベンチャー企業を作って次から次に新しいことに挑 戦していくのは、アメリカ人の置かれたサバイバル環境の厳しさを反映したものである。

ここで重要な問題は、アメリカ人は「諸外国もアメリカと同様な国である」と考えていることにある。米国に生まれこの国で育ち、この国でしか生活をしたこと がない人に他国は違うよと言っても分からないのは当然であろう。ただ、質が悪いのは、「アメリカが世界で一番進んだ、最も豊かな国であり、他の国はアメリ カの制度を取り入れていないから一番になれないのだ」と考えているという点だ。イラクの国民だってアメリカと同じ民主国家になればもっと幸福になれると考 えている。こうした米国の押し付けがましさを他国はArrogant(傲慢)と呼ぶ。

実は米国の外交史を見ると常に押し付けがましかった訳ではない。むしろそうでなかった時期のほうが長かった。だが昨年の同時多発テロ事件がアメリカ人のメ ンタリティーを大きく変えてしまった。サダム・フセインの開発した大量破壊兵器がアメリカを狙い撃ちにしたらとんでもないことになる。大国アメリカがフセ インに「やられてぶったくられて、何をされても文句は言えない」敗者に成り下がることになる。いままで眠っていた恐怖心が呼び起こされたのである。

殺伐とした雰囲気の漂う米国で最近心を和ませるできごとがあった。10月11日に元アメリカ大統領のジミ?・カーター氏がノーベル平和賞を受賞したのだ。 その日はちょうどアメリカ議会の上院・下院が、国連決議がなくてもブッシュ大統領がイラクを侵攻できる権利を与えた日だった。ノーベル賞選考委員会の Berge委員長は、記者団の質問に答えて「この受賞は米国の現政権の外交政策に対する批判の意味があると解釈してもらって構わない」と述べている。しか し当地での受賞報道は極めて地味なものだった。国内世論の大勢は「そんな悠長なことを言っておれる時期でない」とばかりにこれを無視した形だ。

いま、この国の外交政策は「アメリカ人気質」を剥き出しにして武力行使へとまっしぐらに進んでいる。あとで歴史を振り返ったときに、この政策の是非が議論されることになろう。ただひとつ言えることは、世界は現在のアメリカを「精神的勝者」とは見なしていないことである。

(NIKKEI NET「海外トレンド」 2002年12月3日掲載記事より転載)

安藤茂彌氏

東京大学法学部卒業後、三菱銀行に入行。MIT経営学大学院修士。三菱銀行横浜支店長を歴任。1996年に東京三菱銀行を退職、シリコンバレーにわたり、米国ハイテク・ベンチャー情報を、インターネット上で日本語で提供するサービス
http://www.ventureaccess.com
)を運営。日米両国において、講演、コンサルティング・サービス等も活発に行っている。



記事についてのお問い合わせは、info@svjen.org まで。