「赤字でも億単位のボーナスを支払い続けた米銀の腐った資本主義」

トランス・パシフィック・ベンチャーズ(Trans Pacific Ventures LLC)
President & CEO
 安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando) 

筆者は銀行員であった頃に、香港でシンジケートローンを組成する仕事に携わっていた。シンジケートローンは、複数の銀行が共同して単一の借入人に長期資金を貸し出すローンである。通常、大きな金額を貸し出すときにこの形態を取る。例えば、1000億円のローンを貸し出すときに、一行で貸し出すとリスクがあまりにも大きいので、銀行が10行集まってそれぞれ100億円貸し出すのである。

 このときにローンの取りまとめをする銀行が必要になる。香港では米国の大銀行がこの役割をすることが多かった。当時、米銀の信用力がずば抜けて高かったし、通貨も米ドル建てで、契約書も英語であったので、米国の銀行が主幹事になってシンジケートすることが多かった。主幹事銀行でシンジケーションのとりまとめをする人をジンジケーション・マネジャーと呼んでいた。

 シティグループ、バンク・オブ・アメリカにはアメリカのビジネススクールを卒業したやり手のジンジケーション・マネジャーがいた。主幹事の銀行であれば、他の銀行とは比べ物にならないほど大きな手数料収入が入る。一件のシンジケートローンを成功裡に完成させると大きなボーナスが支払われる。そのために、彼らは我々日本人の銀行員とは比べ物にならないほどの給料を取っていた。収入の桁が我々とは最低一桁、時には二桁違うのである。

 ローンの貸出先が政府、政府機関であればリスクはそれなりに把握できるが、貸出先が私企業となると信用リスクの判定は難しくなる。貸し出し先の信用に頼らないプロジェクトファイナンスとなると、様々なリスクが混在するのでリスク判定はさらに難しくなる。だが主幹事の米銀が持ち込んでくる案件の説明書にはバラ色の内容しか書いてない。参加する銀行は独自に情報を集め、参加するか否かの決断をするが、時間は限られている。

 「米銀が組成して米銀自体もリスクを取っているのだから大丈夫だろう」と安易な判断を下すとひどい目にあう。まもなく不良資産になるのである。やり手のシンジケーション・マネジャーがほかの米銀に引っこ抜かれて転職した後には、彼の組成したローンに安易に参加した銀行には不良債権の山ができる。だが、当のシンジケーション・マネジャーは既に億単位あるいは10億単位のボーナスをもらって、姿を消している。

 そして今、シティグループとバンク・オブ・アメリカが厳しい状況に直面している。両行が窮地に追い込まれているのは、こうした報酬システムを許してきたからではないだろうか。一部の社員に高給を払って業績拡大指向で経営し、リスク管理が疎かになっていたのではないだろうか。

大赤字でも売上以上の賞与を支払っていたメリルリンチ

最近、投資銀行メリルリンチの報酬の実態が明らかになった。こうした情報開示は今までなかったが、ニューヨーク州司法長官が役員・社員に支払ったボーナス36億ドル(3600億円)の内訳を開示する命令を出したことで初めて明らかになったものだ。昨年9月に、メリルリンチは単独での経営継続は困難と判断してバンク・オブ・アメリカに吸収された経緯がある。メリルの2008年の売上高は33億ドル(3300億円)、純損失は276億ドル(2兆 7600億円)であった。驚くべきことに売上を上回るボーナスが支払われていた。

 ボーナスのトップ10位までの社員への支払い総額は2億900万ドル(209億円)で、平均すると約2000万ドル(20億円)である。社長が最高の報酬を得ていたわけではない。経営陣11名の給与は平均すると1000万ドル(10億円)であった。その下の階層の149名も平均300万ドル(3億円)をもらっている。大赤字の中で億単位のボーナスは理解しがたいが、更に大きな報酬を得ていたのはスタープレイヤーと呼ばれるその分野の専門家である。

 スタープレイヤーの報酬の中身を洗ってみると、本給は20万-75万ドル(2000-7500万円)とそれほど驚くべき水準ではないが、ボーナスが桁違いに大きいのである。ボーナスには現金で支払われる部分と株式やストックオプションで支払われる部分があり、後者の比重が高いとしている。

 ウォールストリートジャーナル誌の報道に沿って、個々のケースを見ていこう。投資銀行部門の責任者は33億8000万円(1ドル100円計算)、トレーディングの責任者は13億円、金融商品の責任者は18億7000万円、商品取引の責任者は16億5000万円、中東・アフリカの責任者は15億円、グローバル戦略の責任者は29億4000万円、グローバルセールスとトレーディングの責任者は39億4000万円と凄まじい数字が並ぶ。責任者名は実名で公開されされている。

 不思議なのはボーナスが必ずしも業績にリンクしていないことである。トレーディング部門はサブプライムローンの償却で昨年360億ドル(3兆 6000億円)の大赤字を計上しているが、それは同部門の責任者が着任する前の出来事であるとして、13億円のボーナスを支払っているのである。ではこの赤字の責任は誰がとったのか。

 商品取引の責任者は他社からの引っこ抜きの話があったとして、経営陣に2年間に渡って毎年16億5000万円のボーナスを約束させている。これも業績には全く関係なく支払われた。逆にメリルリンチがある人物を引っこ抜く際の条件として、29億4000万円を支払ったことがある。だが同人は3ヵ月後に他社へ転職してしまったという詐欺まがいの出来事も報告されている。即ち、他社との引っこ抜き合戦がスタープレイヤーに法外なボーナスをもたらしているのである。

シティとバンカメは国有化以外に道がない?

米金融監督当局は最近、総資産1000億ドル超の金融機関にストレステストを行うと発表した。ストレステストは現在の経営環境での資産の劣化を加味して、営業継続に必要な自己資本金を算定するものである。資本不足を民間資金で調達できなければ、公的資金を投入する。公的資金は普通株に転換可能な優先株を政府が取得する形で注入する。これを必要に応じて議決権のある普通株に転換することで、政府の管理下に置き再建を進めるものである。

 こうしたストレステストを行う前に、シティグループの株価は1ドル台まで落ちてしまった。財務省は最近あわてて第3弾の救済策を実施した。政府は既に優先株取得の形で500億ドル(5兆円)をつぎ込んでいるが、その一部を普通株に転換した。その結果アメリカ政府は同行の36%の最大株主になった。さらに支援が必要となった場合には、さらに普通株への転換を進めるという。

 最も業績悪化の激しいシティグループは早晩国有化されるとの見方が増えてきた。アメリカ政府はバンク・オブ・アメリカの6%の株主でしかないが、昨年メリルリンチを買収して業績が急速に悪化し、国有化候補の2番手に名前が挙がっている。アメリカ政府は既に保険会社のAIGに700億ドル(7兆円)をつぎ込み78%の株主になっている。これはもう国有化したのも同然である。

 ノーベルを受賞した二人の経済学者クルーグマン教授とスティグリッツ教授は「問題銀行を救済するには国有化しか方策がない」と言い切っている。しかし、オバマ大統領はこれに難色を示している。「スウェーデンが銀行を国有化した例があるが、経済の規模が違うし社会主義的な国家である。アメリカの銀行は民間で運営されるのが望ましい」として、ほかの方策を追求するよう指示している。しかし現実には政府の出資比率は刻一刻と増えている。同大統領もいずれは国有化に賛同せざるを得なくなると多くの専門家が見ている。

 アメリカにも大銀行国有化の歴史はあった。84年のコンティネンタル・イリノイ銀行の国有化である。もしシティグループとバンク・オブ・アメリカが国有化されれば、25年ぶりの大銀行の国有化となる。当時同行の総資産は400億ドル(4兆円)で全米第6位の銀行であった。同行を国有化後に民間セクターに売却するのに7年の歳月を要している。

 今回の問題銀行はそれとは比較にならないほど規模が大きい。シティグループとバンク・オブ・アメリカは全米第2位と第3位の銀行で、総資産は2兆ドル(200兆円)に達する。コンティネンタル・イリノイの50倍である。両行とも現時点では「大きすぎて潰せない」が、仮に国有化しても「大きすぎてこのままでは売却できない」ことが懸念されている。丸ごと買収できる投資家が世界中どこにもいないからである。

したがって仮に国有化するにしても、民間セクターに売却するまでには相当長い時間を要し、実際の売却は経済環境を見ながら部門単位で徐々に切り売りしていくしかないだろうとワシントンのシンクタンク、ブルッキング研究所のダグラス・エリオット研究員は分析している。シティグループの場合には投資銀行部門の売却、保険部門の売却、国際部門の売却の順番で切り売りしていくことになろうと予測している。

責任負わずに高級貪る金融界は「ドロボー社会」

巨大銀行がここまで窮地に立たされた原因のひとつは、アメリカの金融界に蔓延る企業文化にある。従業員は勤務する会社の永続性のために犠牲を払うことはない。それより自分がその会社から最大の利得を得ることを考える。会社は自分の人生を成功させるための「踏み台」でしかない。一つの「踏み台」がうまく行かなければ、次の「踏み台」を探しに行く。だから転職した人に後で責任を追及しようにもできない。その結果、責任を負わずに高給を貪るドロボー社会ができてしまった。

 もうひとつの文化的背景には、「アメリカンドリーム」がある。良い大学や大学院を出て、短期間で儲かる職に就くことがアメリカ人の夢なのである。「30歳代か40歳代で一生困らないだけの収入を上げて、あとは悠々自適に暮らす」のが夢である。老後に年金に頼って細々と生きるのではなく、自分の才覚を生かして若いときに金持ちになることがアメリカの成功なのである。投資銀行への就職は夢実現への「踏み台」と見なされてきた。

 筆者はシリコンバレーに住んでいる。周りにはゼロから企業を立ち上げて最終的に上場を果たし大金持ちになった人たちがたくさんいる。グーグル、ヤフー、オラクルと枚挙に暇がない。彼らは自分が創業した会社の企業価値を証券市場で万人に認めさせて「アメリカンドリーム」を実現した。そこには何の「後ろめたさ」もない。

 だが、金融業界のケースは違う。自分が働いていた会社を大赤字にして、国民に税金を注ぎ込ませて、果てはアメリカ政府に国有化させ、自分たちだけが金持ちになった。そこには何のモラルもない。大銀行の国有化を契機に金融業界を「基本」に戻す必要がある。

 「会社が儲かっていなければボーナスは払えない」「貢献する人にしかボーナスを払えない」。当たり前の経営原理である。これができなければアメリカの金融業界は「正常な」資本主義に戻れないだろう。

ベンチャーアクセス「シリコンバレーコラム」2009年3月より転載)
 

安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)


東京大学法学部卒業後、三菱銀行に入行。MIT経営学大学院修士。三菱銀行横浜支店長を歴任。1996年に東京三菱銀行を退職、シリコンバレーにわたり、米国ハイテク・ベンチャー情報を、インターネット上で日本語で提供するサービス:ベンチャーアクセスを運営。日米両国において、講演、コンサルティング・サービス等も活発に行っている。


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