金が動く、人が動く、そして

トランス・パシフィック・ベンチャーズ社社長 安藤茂彌氏


シ リコンバレーで開催されたベンチャー企業のマネジメント・プリゼンテーション・セミナーに出席した。冒頭の基調演説から終わりまでベンチャー企業がベン チャーキャピタル(VC)から投資を得ることが如何に難しい状況にあるかという話が相次いだ。恨み節とも言えるものだった。無理も無い。大きな原因は、ベ ンチャー企業のIPO(上場)件数が極端に落ち込んでいるからだ。99年には245件、2000年には214件と高水準が続いたが、2001年には34 件、2002年には17件(第3四半期まで)と大きく減少している。

このセミナーで中国のベンチャー企業家の話を聞くセッションがあった。流暢な英語を話す中国人4人が壇上に上がって現地の状況を説明した。シリコンバレー の企業と連携しているベンチャーも多い。司会者が、「ところであなたの企業はどこから投資を得ているのか?」と質問した。驚いたことに著名な米国VCの名 前がぞろぞろと出てきた。「なに、米国の VCは国内のベンチャーに投資せずに中国のベンチャーに投資しているのか」。会場にどよめきが起きた。資金の動きに国境はない。IPOの低迷に愛想をつか したVCは早々と米国に見切りをつけて、投資効率の良いと見られる中国を投資対象にしているのだ。

話は変わるが、以前一緒に仕事をしていた中国系米国人から昨年秋に突然メールが届いた。彼はスタンフォード大学を出てIBMでエリートコースを歩いていた 男だ。今上海にいると言う。自分の中国語能力が十分でないので、上海の大学で経済・経営のコースを取って中国語でビジネスをできるように磨きをかけ現地で 職を見つける計画であると言う。そして美人が多い上海で結婚相手も見つけるのだと言う。彼の招きに応じて筆者は上海を訪問した。

17年ぶりに見る上海は大きく変わっていた。寂れていた浦東地区は近代的なオフィースビル街、工業団地に生まれ変わり、市内のいたるところで古いビルや住 居を壊して新しいビルや団地を建てる工事が進行していた。高速道路は縦横に走り、地下鉄は3号線が建設途上にあり、空港と市内を8分で結ぶリニアモーター 鉄道も試験運転中である。市内の目抜き通りである南京路は銀座通りと見違うほどの瀟洒なショッピング街である。

彼に中国にハイテク・ベンチャー企業が何社あるのかを調べてもらった。北京・天津地区に4,500社、上海に700社。この数字に私は驚嘆した。白髪三千 畳の国であるから話を半分に聞いたとしてもたいした数である。ただ、この数字は彼らがハイテクと呼ぶものを指すので、アメリカ流のハイテク・ベンチャーが このうち何社あるのかは良く調べてみないと分からないが、こうしたベンチャーにアメリカ資本は確実に入っていると言う。

人の動きにも国境はない。かつてはICと呼ばれるほどインド人と中国人が多くいたシリコンバレー。今でももちろん多い。だが、当地ハイテク企業は最近大量 のレイオフを行っている。更にはテロ対策の強化によって外国人の居心地は悪くなっている。当地に働く中国人が条件さえ折り合えば中国で働こうとするのも無 理は無い。中国には日本と違って変な平等主義はない。底辺の労働者には月に6,000円しか払わなくても、価値のある技術者には数百万円の年俸をポンと支 払うのである。

米国のハイテク産業で働く外国人の祖国回帰が始まるとどうなるか。もともとアメリカは世界から優秀な頭脳を集めて強くなった国家である。シリコンバレーは その象徴であった。しかしそのアメリカが一昨年の同時多発テロ以降、外国人の入国に厳しい制限を加える政策に転換している。優秀な外国人を異質として排除 しだすとアメリカの国力低下が始まるのではないだろうか。

加えてマクロ経済環境から見ても今の米国と中国には大きな差がある。米国の経済成長率はせいぜい行っても2%しかない上に、インターネットバブルの破裂以 降投資が大きく落ち込み先行きの見通しは決して良くない。これに対し中国は7?8%の高度経済成長が見込め、雇用環境、投資環境は格段に良い。60年代の 日本を髣髴させる力強さがある。

こうした事情を反映して、金が動き、人が動く。その結果、技術開発力も国境をまたいで動くのではないだろうか。インターネット全盛時代には米国だけを見て いれば世界の技術開発がどのような方向に展開しているのかが理解できた。だがこれからは事情が変わってこよう。技術開発最前線は世界の幾つかの国に分散し て存在し、国力は米国への一極集中から諸外国に平準化する方向に働くことになろう。米国政府の進めるテロ対策の強化は、自国の国力を低下させる方向に動い ている。

では日本はどうなるのであろうか。日本が世界有数の技術開発国であることは広く認められている。だが多くのアジア諸国が高成長率を達成しているのに対し、 日本は不動産バブルの崩壊から十数年立っても依然ゼロ成長から抜け出せないでいる。諸外国にとって今の日本は投資先として魅力の無い国に映る。海外からの 直接投資に多くを期待できない日本では、「金が動かない、人も動かない、だから自前で技術開発するしかない」になるのではないだろうか。日本を取り巻く世 界は大きく動いているのだが。

(NIKKEI NET「海外トレンド」 2004年1月14日掲載記事より転載)

安藤茂彌氏

東京大学法学部卒業後、三菱銀行に入行。MIT経営学大学院修士。三菱銀行横浜支店長を歴任。1996年に東京三菱銀行を退職、シリコンバレーにわたり、米国ハイテク・ベンチャー情報を、インターネット上で日本語で提供するサービス
http://www.ventureaccess.com
)を運営。日米両国において、講演、コンサルティング・サービス等も活発に行っている。



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