「トヨタがテスラを脅威に感じる日はそう遠い将来ではない」

トランス・パシフィック・ベンチャーズ(Trans Pacific Ventures LLC)
President & CEO
 安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando) 

電気自動車の開発が米国各地で進んでいる。ここシリコンバレーではテスラ・モーターズが既に量産体制に入っている。量産とはいっても週10台の生産だが。筆者は先日、同社のスポーツカーRoadstarの見学会に参加した。運転はさせてもらえなかったが、静かな出足、加速の良さにはびっくりした。たった4秒で時速100キロになる。一回の充電で350キロ走る。価格は1000万円(1ドル=100円)と高いが、すでに500台完売している。

 創業者のエロン・マスクは、インターネットを使って小口支払いサービスを行うベンチャー企業PayPalを立ち上げ、それをeBayに売却して大金持ちになった人物である。元々自動車業界とは無縁の事業家であったが、新しい仲間と試行錯誤を繰り返しながら、自前の生産工場を完成させた。

 Roadstarの次には4人乗りセダンを生産する計画で、シリコンバレー南端のサンノゼに新工場用地を手当てしている。セダンは500万円で販売するとしており、すでに予約が入っているとのこと。同社はこれまでベンチャーキャピタルと創業者から180億円の投資を受けてきたが、新工場の建設には 250億円かかる見込みで、これを賄うために連邦政府に低利の借入を申し込んでいる。

 テスラを追うように、同じカリフォルニア州のアーバインで電気自動車の開発を進めている会社がある。フィスカー・オートモーティブである。創業者のヘンリー・フィスカーはBMW、フォードで車の設計を担当してきたデザイナーで、2005年に独立して以降、すでに2種類の車を作っている。こんど手掛けようとしているのはプラグイン・ハイブリッド車である。ガソリンエンジンを持った電気自動車であるが、発電用だけにガソリンエンジンを使うモデルで、プリウスとは方式が異なるハイブリッド車である。それでも1回の充電で460キロ走るという。

 同社のもう一つの特徴は、部品のすべてをアウトソーシングしていることである。たとえば、エンジンとドア・システムはGMから、照明関係はフランスの部品会社、組み立てはフィンランドの生産受託会社、インテリアはカナダの生産受託会社、電池もカナダのメーカーといった具合に国際分業体制を敷いている。安全検査と衝突実験までもドイツの専門会社に委託している。委託先はいずれも名の通った専業メーカーである。

 同社の正規社員は100人もいない。ミシガン州に200人ほど擁する設計・エンジニアリングセンターを置いているが、その大半は契約社員である。これで新車の開発コストを通常の2/3に抑えることができるとしている。すでにベンチャーキャピタルが200億円弱の投資をしている。同社の生産はまだ試作品の段階であるが、今年11月に最初のスポーツカーKarmaを880万円で販売開始する計画でいる。

このほかにも続々と新興自動車メーカーが現れている。マイルズ・エレクトリック・ヴィークル(カリフォルニア州)、ブライト・オートモーティヴ(インディアナ州)、カーボン・モーターズ(ジョージア州)、アプテラ・モーターズ(カリフォルニア州)、ローカル・モーターズ(マサチューセッツ州)といったベンチャー企業が話題になっている。

 マイルズは来年に政府機関や大学向けに低速の電気自動車を販売する計画でいるし、ブライトは2012年に商業用電気自動車を年間5万台生産する計画でいる。カーボンは2012年にクリーン・ディーゼルエンジンを使ったパトカーを量産する計画でいるし、アプテラは後輪が一つしかない超軽量の電気自動車を開発している。ローカルは設計をオンラインで公募して、その中から高い評価を得た車を、数か所の直営町工場で少量生産しようとしている。

 GMとクライスラーの倒産を尻目に、いまアメリカは環境に優しいグリーンカー・ブームで沸き立っている。

電気自動車ブームは一過的なものなのか

 だがこうした自動車ブームは過去にもあった。プレストン・タッカーが作ったTucker Torpedoは当時革新的な車と言われたが51台作って1949年に倒産した。マルコム・ブリックリンが作った跳ね上げドアで斬新なデザインの車は 2854台まで売り上げたが70年代終わりに倒産した。ジョン・デローリアンの作った跳ね上げドアのオール・ステンレス製スポーツカーは9000台まで売り上げたが1982年に生産中止に追い込まれた。

 では、今回も同じ道を辿るのだろうか。いくつかの点で事情は異なると考えられる。まず、エンジンが従来のガソリンエンジンから、電気自動車に代わろうとしている。過去の失敗事例はデザインの斬新性が唯一の「売り」であったが、エンジンはガソリンエンジンのままであった。今回の新車競争はエンジンとデザイン両方の斬新性を「売り」にしている。

 政府の支援も違う。当時、政府の支援は皆無であった。今回はグリーン革命を合言葉にオバマ政権は環境に優しい自動車の開発に政府資金を投入しようとしている。6月24に発表された自動車関連の政府支援策は8000億円に上った。フォードに工場再編成と高燃費車の開発資金として5900億円、日産アメリカ(日産自動車の米国子会社)に電気自動車と電池の開発資金として1600億円、テスラ・モーターズに電気自動車工場建設と動力伝達システム開発資金として465億円の長期低利ローンが供与されることになった。

 テスラ・モーターズが政府に支援を申し込んでいたのは250億円のはずであった。実際には、申し込み金額を大きく上回る支援が行われることになった。これは驚きである。次世代自動車では米国優位を維持したいオバマ政権の強い決意が感じられる。それにしても外国メーカーの日産に支援するとは懐が深い。

一部の報道は、「テスラへの支援は政府の大バクチ」と批判している。確かに、今までの生産実績が500台しかない赤字のベンチャー企業に政府が 465億円を投じるというのは前代未聞の出来事である。まだ生産実績のないフィスカー・オートモーティブも政府支援を得られる可能性が出てきた。同社社長はそうした空気を感じてか、「今はアウトソーシングしているが、いずれ量産体制を敷く時にはGM・クライスラーが閉鎖した工場用地を活用することも考えている」と発言している。

戦略的思考が欠如した日本政府への不安

 体力の弱い国内企業を政府が指導して競争力のある国際企業に育てるのは「日本政府のお家芸」ではなかったか。MITI(当時の通産省)の存在は世界から注目され、外国政府から羨ましがられた日本独特のビジネスモデルであった。それがいつの間にか外国政府に真似されてしまった。逆に日本政府は民間任せの放任資本主義に変わってしまった。

 米国のみならず、中国、インド、ロシア、ドイツも政府主導で将来の戦略産業を育てている。国家が繁栄を持続させていくのは国税をいまどう使うかの政治判断に委ねられる。ドイツ政府は太陽電池の一般家庭への普及に多額の税金を使った。それまで太陽電池メーカーは日本企業の独占であった。2005年のランキングはシャープ、Qセルズ(ドイツ)、京セラ、三洋電機、三菱電機の順だった。2008年のランキングはQセルズ(ドイツ)、ファーストソーラー(米)、サンテック(中国)、シャープになってしまった。

 外国政府が太陽電池の普及に政府助成金を出すなかで、日本政府は2005年にそれまで12年間続けた助成金を打ち切ってしまった。これは戦略的な大失敗であった。今年それを復活させたが、その間にシャープは世界第4位に落ちてしまった。もちろん助成金がすべてではないが、政府の姿勢は民間企業の国際競争力に大きな影響を及ぼす。最近の日本政府は戦略的思考が欠如しているように思う。政府が戦略思考をできない国は必ず衰退する。

 筆者が60年代後半に就職活動をした時に、トヨタに就職するのは止めた方が良いと助言する人がいた。GMとの競争力格差があまりに大きかったからだ。そのトヨタが40年間かけてGMを倒産に追い込んだ。

 だが、これからの競争力変化にはそれほど長い時間はかからない。電気自動車はガソリンエンジン車と比べて、部品点数がはるかに少ないし、メーカーの秘密技術も少ないからだ。これから10年間で何が起こるかわからない。トヨタがテスラを脅威に感じる日はそう遠い将来ではないかもしれない。

ベンチャーアクセス「シリコンバレーコラム」2009年7月より「「転載)
 

安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)