「黒人であるがゆえに微妙な立場に立たされたオバマ大統領」

トランス・パシフィック・ベンチャーズ(Trans Pacific Ventures LLC)
President & CEO
 安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)

 

オバマ大統領は7月中旬に“有色人種の地位向上協会”(NAACP)の創立100周年記念パーティーで演説を行った。NAACP(National Association for the advancement of Colored People)は、アメリカ市民の間での、平等の実現と、偏見の撲滅を理念に掲げてきた団体である。

 オバマ氏は大統領の選挙期間中には、この団体とは距離を置いてきた。「自分は黒人の代表として選挙戦に出るのではない、アメリカ国民の代表として選挙戦に出るのだ」という思いが強かったからだ。だがこの7月にNAACPの100周年行事が巡ってきた。大統領がどのような演説をするのかが注目された。会場には数千人の聴衆が押しかけていた。ほとんどが黒人だった。演説は45分間続いた。

 オバマ大統領はまず、「この100年で黒人の地位は大きく向上した。今では大企業の社長になっている人もいるし、州知事、市長をやっている人も多い。(黒人の大統領が誕生したことで)差別はもはや問題ではなくなったと考えている人は増えているように思う。しかし間違ってはいけない。アメリカ社会のいたるところにまだまだ差別はある。むしろ過去の差別によって、所得・健康面で構造的な不平等が生まれている」と述べた。

 その解決方法として、「子供への教育が最も重要である。社会の高度化で大卒以上の学力を要求される職は増えている。黒人と白人の教育機会の不平等は、この50年で大きく改善されたにも拘らず、黒人生徒の半数は途中で退学してしまう。政府が様々な教育改革を行っても、生徒ひとりひとりの自覚なしには、改革は徒労に終わってしまう。」

 その自覚とは、「不幸にして犯罪と暴力が蔓延る地域で育ったとしても、自分の学業の失敗を環境のせいにしてはならない。その人の運命は他人が決めることができない。自分の人生を切り開いていくのは自分自身の責任なのだ。」と、本人の自覚を訴えた。

 両親に対しては、「子供が学習に専念できるように、配慮しなければならない。Xboxのようなゲーム機を取り上げ、PTAに参加し、宿題を手伝い、早めに就寝できる環境を作らなければならない。そして家庭内での教育問題にとどめず、コミュニティーとして子供の教育に当たることが重要だ」と、親の責任についても言及した。

 自分が、「シカゴの貧民街でコミュニティー・オーガナイザーとして働いていたときに、ある校長先生は次のように述べた。“入学当時には明るく希望に満ちていた子供たちが、学年が進むにつれ、黒人として生まれ落ちたがために、いくら努力しても希望は叶えられないではないかと塞ぎ込むようになる。”」と脱落者が続いている心理的要因も指摘した。

「だが、私も恵まれた環境で育ったわけではない。貧乏な家庭に生まれ、シングル・マザーに育てられた。幼い頃は問題を起こす子供だった。環境に負けて脱落することは容易だった。だが、母親は私に愛をくれ、教育をくれた。希望を鼓舞し、善悪の区別を教えてくれた。彼女の愛に支えられて私は自分の能力を高め、より多くの機会を持つことができた」と母に感謝しながら自分の人生の軌跡を吐露した。

 「黒人の若者は学業を諦めてスポーツ選手や、ミュージシャンを目指す者が多いが、それよりも学業を地道に修めて、科学者、技術者、医師、教師といった職業に就くことを目指して欲しい。そして最高裁判所の判事になるとか、アメリカ合衆国の大統領になるとかいった大きな“志”を抱いて欲しい。政府は個々人の運命までも左右することはできない。自分の運命は自分で決めなければならない。」と精神論で締めくくった。

 この演説は、自分の人生観を折り混ぜながら、黒人の「甘え」を諌める説教調の演説となった。こうした考え方は、刑法の有力学説である「人格形成責任論」に論拠を置いているように思う。また同時に、黒人の大統領でありながら、人種差別問題から距離を置きたいオバマ大統領としては、精神論で訓示を与えざるを得なかったのであろう。

オバマ大統領を追い込んだ黒人教授の逮捕事件

 この大会と相前後して、人種問題が絡む事件が発生した。ハーバード大学の著名な黒人教授が白人の警察官に自宅で逮捕され、手錠をかけられる事件が起きた。同大学で黒人史を講義するゲイツ教授が中国への出張から帰宅した時に起きた。自宅の玄関のドアがどうしても開かないので、空港から乗ってきたタクシー運転手(黒人)の力を借りて、一緒にドアを壊して入ることにした。

 それを見ていた通りがかりの女性(白人)が、黒人2人が他人の家に不法侵入していると勘違いして警察に緊急通報した。近くを走行中のパトカーがすぐに駆けつけ、ゲイツ教授に尋問した。ハーバード大学の近辺は白人居住者が多く、黒人がほとんど住んでいない地域である。警察官は教授に身分証明書の提示を要求した。教授はハーバード大学の身分証明書を見せたが、それには現住所の記載はなかった。

 自分の家に入るのに不法侵入者と間違えられた教授は激怒し、「自分が黒人であるから警察官がここまで執拗に追い回すのだ」と感じ、この警察官を人種差別主義者と罵った。同教授があまりに大きな声で怒鳴ったので、見物人が集まってきた。警察官の制止にも関わらず、教授は罵り続けたので、騒乱罪を適用して教授を逮捕することにした。警察官は持っていた手錠を教授にかけて警察署まで連行した。まもなく事情が判明して釈放されたが、教授は威信を著しく傷つけられた。

アメリカ国民は、白人警察官が黒人を棍棒で激しく殴る光景をテレビでしばしば見てきた。時には、警察官の勘違いであったり、時には、警察官の過剰反応であったりする。人種差別問題として訴訟問題に発展することもある。黒人の間では、白人警察官が黒人を標的にして犯罪人に仕立てているとの被害者意識は根強い。マスコミはこの事件を大きく取り上げた。

 オバマ大統領が報道陣との会見で、この事件の感想を求められ、「警察官の取った行動は、Stupid(馬鹿げた)であった」と述べた。 Stupidは極めて強い表現である。Stupidと言われた警察は大統領に抗議した。そのすぐ後に、「不適切な表現であった」と釈明したが、マスコミは大統領の発言を責め立てた。

 ハーバード出身のオバマ大統領にとって、ゲイツ教授は以前からの友人のひとりである。このStupid発言で、黒人大統領であるから黒人の肩を持つのだとの印象を国民に与えてしまった。大統領は苦しい立場に追い込まれた。

 そこでオバマ大統領は、ゲイツ教授と同教授を逮捕したクローリー巡査部長をホワイトハウスに招待し、芝生の上でビールを飲みながらフランクに話し合うことになった。破格の取り扱いである。しかし双方とも自分を擁護する発言に終止し、謝罪もしない「苦い」ビア・パーティーとなった。

 クローリー巡査部長は警察学校で数年間教官を勤めたあと、ハーバード大学のあるケンブリッジ市警察に巡査部長として赴任した。黒人問題に理解があると内部評価の高い警察官であった。その彼が、教授に人種差別主義者と罵られ、大統領にはStupidと言われた。警察官の父親は、憤懣やるかたない様子で「私は去年の大統領選挙でオバマ候補に投票したが、次の選挙でオバマ大統領に投票するかどうかは分からない」と述べた。

 NAACPの記念演説では、黒人に「厳しく」自覚を促した大統領ではあったが、ほぼ同時期に起きたゲイツ事件では逆に、黒人に「甘い」とのレッテルを貼られてしまった。人種問題は今でも非常にデリケートなバランスの上に乗っかっているのである。

 オバマ大統領が後世に、アメリカの歴史の中で偉大な大統領として名を残せるのか、それとも初の黒人代表であったと言われるのか。評価を下すのはまだ早い。だが、今回の出来事がオバマ大統領に、人種問題の根深さを改めて考えさせる契機になったのは確かなようだ。

ベンチャーアクセス「シリコンバレーコラム」2009年8月より「「転載)
 

安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)