「鳩山由紀夫氏のNYタイムズ掲載論文に戸惑うアメリカ」

トランス・パシフィック・ベンチャーズ(Trans Pacific Ventures LLC)
President & CEO
 安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)

8月30日の衆議院総選挙で民主党は大勝利を収めた。ホワイトハウスは、民主党の勝利を祝福し、日米関係がいっそう強固になることを希望する旨の声明を発表した。筆者はニューヨークタイムズの記事をYukio Hatoyamaで検索してみた。そこには鳩山由紀夫氏本人名の投稿論文があった。日付は8月27日、総選挙の3日前である。

 これは「日本の新しい道」と題した記事である。やや長いが要約すると次の通りになる。

 「冷戦終結後の日本はアメリカ主導のグローバリズムに苦しめられてきた。資本主義の市場原理主義者たちは、人間を目的としてではなく手段と見なした。その結果人間の尊厳は失われた。そこには人々の生活を守るモラルもなければ節度もなかった。人々は自由主義に内在する危険から身を守るために、友愛(Fraternity)の精神に戻らなければならない」

 「今回の金融危機はアメリカ流の市場至上主義が招いた危機である。アメリカはこれを世界経済秩序として広めたために、他国はそれに同調せざるを得なくなった。その結果、その国固有の伝統的な経済活動やコミュニティー意識が破壊された。市場至上主義は人間を単なる人件費としてしか見ないからだ。我々は経済的価値ではなく、非経済的価値をもう一度見直さなければならない。」

 「日本国家の新しい目標は東アジアの共同体を作ることにある。もちろん日米安全保障条約は不可欠なものではあるが、地理的な観点から、日本は東アジアの一員としてのアイデンティティーを忘れてはならない。」

 「アメリカのイラクでの敗退と金融危機によって、アメリカの一国主義は終焉し、これからは多極主義の時代に入る。だが、アメリカに代わる大国は現れていない。また、中国は近い将来に経済力で日本を凌駕する大国になろう。両大国に挟まれて日本はどうすればよいのだろうか。この懸念は日本のみならずアジアの中小国に共通する悩みである。そのためにはアメリカはこの地域で軍事的な保護は与えるものの、政治的・経済的な強要は止めて欲しい。」

 「欧州が経済統合で勢力を増したように、アジア地域でも通貨統合をすれば大きな経済力になる。今やアジアの経済力は世界GDPの1/4を占めるにいたっている。ただこの地域の衝突を二国間協議に委ねてはうまく行かない。往々にして感情的になってナショナリズムが起きるからだ。地域の統合を多国間協議で行い、アジア共同体を作ることで日本の安全保障と独立が維持される。」

 「これをユートピアと呼んではならない。85年前にヨーロッパの統合を唱えていたクーデンホーフ=カレルギ伯爵が「汎ヨーロッパ主義」と言う本を書いた。私の祖父鳩山一郎がそれを翻訳して日本に広めた。その著者も言っている“理想はやがて現実になるのだ”と。日本はアジア統合の努力を怠ってはならない。」

 この記事はかなり物議を醸し出す内容を含んでいる。日本国民ならばこれに賛同する人が少なからずいることは理解できる。しかし首相の座を目の前にした政治家がアメリカ国民に向かって発する内容であろうか?「アメリカは日本を守ってくれ、だが日本は“脱米入亜”する」。かなり虫のいい議論である。この記事を読んでカチンと来るアメリカ人は多いのではないだろうか。

鳩山氏は「外交には熱心だが経済には弱い」との記事も

 この記事をオバマ大統領が読んでいるかどうかは知らない。もし読んだら、鳩山次期首相の政治家としての未熟さにびっくりするのではないだろうか。それにホワイトハウスは従来から、日本には規制が多くて市場経済の導入が不足していると見てきた。民主党が政権をとることで再び過去に戻ることを危惧するように思う。

 この投稿記事を引用した記事が散見されるようになった。筆者はニューヨークタイムズのみならず、ウォールストリートジャーナル、ワシントンポストに目を通してみた。この記事を真正面から捉えて批判する記事はまだ少ない。しかし、引用批判している記事の中には「鳩山氏はもっと日米関係を理解している人と思っていた」、「アジア共同体は現実味乏しい政策選択だ」と、戸惑いと落胆の声が聞かれる。

 それ以外の今回の選挙に関する米国内での新聞報道はどうか。アメリカの記事の多くは日本のメディアと同じように、民主党の大勝は国民が自民党に愛想をつかした結果であり、民主党のマニフェストに賛同して投票したものではない。民主党の政策をそのまま実行したら、国の借金が今でも先進国でGNP比もっとも多いのに更に増えてしまうと、政策の実効性について懐疑的な見方をしている。鳩山氏は外交には熱心だが、経済には弱いとの記事もある。

 では、鳩山氏はメディアでどのように紹介されているのだろうか。鳩山氏一族については、ウォールストリートジャーナルは「日本のケネディ一族」と持ち上げている。父方の祖父は元自由党総裁鳩山一郎、父鳩山威一郎は元外務大臣、母方の祖父はブリジストンの創業者石橋正二郎、実弟はこの前まで自民党の総務大臣であった鳩山邦夫である。本人は「日本のジョン・F・ケネディである」と賞賛する記事もある。

 鳩山由紀夫氏が、シリコンバレーにあるスタンフォード大学で博士号を取得していることも一部の新聞記事では触れている。同大学の工学部の工業経営学科で1976年に博士号を取っている。話はそれるが、最近米国の駐日大使として着任したジョン・ルース氏もスタンフォード大学の卒業生である。大使は77年に学部を卒業しているので、ほぼ同時時期にスタンフォード大学で学んでいたことになる。鳩山氏のほうが少し先輩である。

 シリコンバレーの住人である筆者としては、シリコンバレーの空気を知っている人が総理大臣になるのは喜ばしく思う。90年代に、この地域はIT革命の担い手として多くの企業を排出した。オラクル、インテル、シスコ、アップル、ヤフー、グーグルが今でも当地の代表的な企業として活躍している。バイオの分野でもジェネンテック、アムジェンと代表的な企業が当地の出身である。こうした企業群が、90年代のアメリカ経済的繁栄を支えたのである。

 民主党のマニフェストを読んでいると、所得の配分に関するものが多く、国民所得のパイを大きくする議論がほとんどなされていないのは残念である。だが、経済成長なくして所得のパイは大きくならない。シリコンバレーは90年代にアメリカの所得を大きくすることに絶大な貢献をした。外交面での鳩山氏個人の「ユートピア風」持論はもうこれで十分である。それより、日本の国富をどのようにして増やせるのかといった「現実的な」議論をして欲しいものである。

ベンチャーアクセス「シリコンバレーコラム」2009年9月より「「転載)
 

安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)