「国際競争力を落とした日本のエレクトロニクス産業の明日」

トランス・パシフィック・ベンチャーズ(Trans Pacific Ventures LLC)
President & CEO
安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)

日本にいるはずの友人からメールが届いた。韓国からだった。サムスンに転職したという。日本の大手エレクトロニクス企業からスタンフォード大学に派遣されて、博士号をとった優秀な技術者だった。数年前に日本に帰国してからは、ディスプレーの最先端技術の開発を担っていた。40歳代後半になってからの転職である。サムスンでの報酬は聞いていないが、日本の給料をはるかに超える報酬をもらっているのは間違いない。

 数年前までは、アメリカの電気製品量販店(例えばBest Buy)に行くと日本メーカーのカラーテレビが競うように陳列されていた。ソニー、パナソニック、シャープ、東芝、日立、三菱といった日本メーカーの独壇場だった。サムスン、LGといった韓国メーカーはマイナーだった。

 だが今は様変わりした。サムスン、LGがダントツのトップ・ブランドで、その次にソニー、パナソニック、シャープ、東芝と続く。日本勢の存在感はあっという間に薄れた。Vizio、Insignia、Dynexといったノー・ブランド製品も出てきている。

 量販店の携帯用音楽プレーヤー売り場では、アップルのiPodの独壇場である。かつてはソニーのWalkmanの独壇場だった。筆者は必死になってWalkmanを探した。大きなアップル・コーナーの裏側にWalkmanがたった一機種寂しく陳列されていた。iPod、iPhone(携帯電話機)の圧倒的な攻勢を受けてWalkmanはもはや「死語」になりつつあるように見える。

 なぜ日本メーカーはこんなに勢いを落としているのだろうか。いや、むしろ韓国メーカーやアップルはどうしてこのような競争力をつけたのであろうか。

韓国もアップルも死の瀬戸際から復活した

 2000年ごろシリコンバレーにおられる韓国人の元教授から次のような話を聞いた。同教授は50年代にソウル大学を卒業し、その後スタンフォード大学で博士号をとり、サムスンの顧問を長く勤めてこられた方だった。

 「日本メーカーは恵まれている。日本の家電市場が大きいから、国内だけで食っていける。だが、人口5000万人足らずの韓国ではそうはいかない。だから韓国メーカーは海外に打って出て、海外市場で勝負するしかないのだ」

 元教授は次の事情もあると付け加えた。「1997年のアジア通貨危機で韓国経済は破綻寸前の状況に追い込まれた。IMFが介入してきて財閥解体を行い、主要各国の緊急融資を得て、かろうじてデフォルト(国として借金を返済できなくなること)を免れた。あのような恥ずかしいことを二度と起こしたくないと誓ったのだ」

そういえばアップルも倒産寸前の事態を経験している。筆者がシリコンバレーに渡った13年前にはアップルは「死に体」だった。創業者社長のスティーブ・ジョブズが内紛で追い出され、後任社長が次々に失敗を繰り返し、いくらレイオフしても黒字にならなかった。MACのOS(オペレーティング・システム)はマイクロソフトのWindowsに追い上げられシェアは5%未満に落ち込んでいた。

 この窮地を救ったのはマイクロソフトの創業者ビル・ゲイツだった。スティーブ・ジョブズが暫定社長として復帰し、かつての盟友で今は手ごわい競争相手となっていたビル・ゲイツに緊急支援を頼んだのだ。ビル・ゲイツはMACのOSにマイクロソフト・オフィス製品を提供し、アップル社に150億円(1ドル=100円)の出資を行った。

 その後アップルは 新型パソコンiMac、携帯用メディアプレーヤー iPod、携帯電話機iPhoneといった斬新な製品を発売し、これらの機器に音楽、映画、アプリケーションをダウンロードする専用サイト(アップル・ストア)を開設した。1件のダウンロード料金は安いが、年間に数10億件もあると膨大な収入となる。アップルは再び高成長企業として返り咲いた。

 倒産寸前の国家に転落した韓国、倒産寸前にまで追いやられたアップル。確かに「死の瀬戸際」から這い上がってきた企業には他社にはない「強さ」がある。だが、日本企業との違いはそれだけだろうか。

日本メーカーが軒並み減収・赤字に陥る中で、韓国メーカー、アップルは増収・黒字を達成しているのだ。リーマン・ショックの影響で世界中のエレクトロニクス・メーカーは大幅な減収・減益になったと推測していたが、韓国2社は減益ではあるが増収になっている。また、サムスンの売上高はソニー、パナソニックに並び、若干両社を凌駕している。今やエレクトロニクスの世界のトップメーカーはサムスンである。

 韓国の元教授の発言を思い起こしてみよう。「日本の家電市場が大きいから、日本メーカーは国内だけで食っていける。韓国メーカーは国内だけでは食っていけないので、海外に打って出て、海外市場で勝負をするしかないのだ」。こうした「ガッツの差」が「競争力の差」を生んでいるのではないだろうか。

国内市場に依存するのは非常に危険な選択

 かつて、日本メーカーにとって国内市場は頼りになる市場だった。だが、日本の人口は今や減少トレンドに入っている。終身雇用は崩れ、年功序列が風化するなかで、雇用はさらに不安定になろう。それでも消費者はタンス預金同然の銀行預金をせっせと貯め、生活の安定を図ろうとする。その結果、ますます消費を抑える悪循環に陥る。日本市場は将来的に大きな成長が見込めないのみならず、「縮む市場」なのだ。

 いま日本メーカーが日本市場への依存度を高めることは「非常に危険な選択」である。こうした状況が続けば、縮んでゆく市場に合わせて雇用をさらに調整せざるを得なくなる。国内工場の閉鎖や、低賃金国への生産基地のシフトは変わらないだろうから、非正規雇用者のみならず、正規雇用者のレイオフにも踏み切らざるを得なくなる。

 だが目を海外に向けてみよう。消費を大きく伸ばしている国はたくさんある。中国、インド、ロシア、ブラジルといったBRIC's諸国に加えて、アフリカ諸国でも消費が高まってきている。こういった国で売り上げを伸ばしていけばよいのだ。韓国企業はこういった国々で、着々と営業を拡大している。

 「最近の若者には後進国で一旗揚げようといったガッツのある若者が少なくなってきた」という経営者の声を聞く。「苦労しても同じ給料なら誰も希望しない」。苦労を買って出る者には大きく報いなくてはならない。海外市場を開拓する「サムライ」には社長の2倍の給料を払ったらどうだ。そして成功したらドカンとボーナスをだしたらどうだ。グローバル競争時代には、大胆な経営手法を取り入れなければ「生き残り」は難しいように思う。

ベンチャーアクセス「シリコンバレーコラム」2009年11月より「「転載)
 

安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)