米国ベンチャーに大敗した日本の名門企業、生き残りへの道

トランス・パシフィック・ベンチャーズ(Trans Pacific Ventures LLC)
President & CEO
安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando) 
米国ベンチャーに大敗した日本の名門企業、生き残りへの道


今頃、日本のGDPは中国に抜かれているかもしれないと言う。本当かなと思いIMFのデータを引っ張り出してみた。現在の為替相場で過去の推移とIMFの予測をグラフにしてみると次のようになった。


換算レート:$=90円=6.83元、08年までは実績、09年以降はIMFの予測。

確かに、中国に抜かれるのは時間の問題である。多分来年には完全に抜かれているだろう。

だが筆者が注目したのは、米国との格差である。現在の為替相場で換算すると80年には日本と米国のGDPはほぼ同規模だったのである。それが90年代に日本がモタモタしている間に、あっという間に格差が開いてしまった。IMFは今後の見通しについて、米国は今回の金融危機で一時的にマイナス成長になるが、その後再び成長軌道に戻ると見ているのに対し、日本の低成長は今後5年間は続くと見ているのである。

90年代に日米格差が拡大した原因のひとつは、IT革命であろう。この時代に活躍した企業は圧倒的に歴史の浅い企業が多い。今は名の通った企業になっているが、元はベンチャー企業である。元ベンチャーはいま大活躍をしている。

 創業年 売上高兆円 利益億円 業界での地位 従業員千人
HP 1938 11.8 83 コンピュータとサービスのNo.1 321
インテル1968 3.7 52半導体のNo.1 84
マイクロソフト1975 6.0 176 パソコンOSのNo.1 93
ジェネンテク 19761.3 NA バイオ抗がん薬のNo.1 11
オラクル 1977 2.2 55 企業向けソフトウェアのNo.1 86
アップル 1977 3.2 48 メディアプレーヤー、携帯電話機 37
アムジェン 1980 1.5 41 バイオ抗体薬のNo.1 17
サン・マイクロ 1982 1.3 4 サーバーのNo.1 29
デル 1984 6.1 29 注文生産コンピュータのNo.1 79
シスコ 1984 3.9 80 ネットワーク機器のNo.1 66
ヤフー 1994 0.7 4 オンライン検索サービスのNo.2 13
アマゾン 1994 1.9 6 オンライン書店と小売のNo.1 21
イーベイ 1995 0.7 17 オンライン・オークションのNo.1 16
グーグル 1998 2.1 42 オンライン検索サービスのNo.1 20

2008年連結決算、1ドル=100円計算

ヒューレット・パッカード(HP)は、シリコンバレーで最初に生まれたベンチャーである。それに続くベンチャーは長くても40年の歴史しかない。歴史が浅いにも拘わらず、それぞれの業界でNo.1かNo.2である。ちゃんと利益も出している。

こうした米ベンチャー企業と戦った日本の企業は次のような業績だった。

 創業年売上高兆円利益億円従業員千人来期利益予想億円
日本電気18994.2-2966143100
東芝19046.6-3435197-500
日立製作所191010.0-7873400-2300
沖電気19120.5-4502220
三菱電機19213.6110250
パナソニック19357.7-3790310-1400
シャープ19352.8-12575330
富士通19354.6-1123185950
ソニー19467.7-1750180-950
三洋電機19501.7-93286-220

2009年3月期連結決算

日本の企業は歴史の古い大企業がずらりと顔をそろえ、一番若い三洋電機でも60年の歴史を持つ。色々な事業を展開しているので、グローバルにみた業界での地位は見えにくい。従業員数は大きいが、軒並み赤字決算である。ましてベンチャー企業は皆無である。

日本と米国とのGDP格差が開きだしたのは1990年代である。この時期はIT革命が起きた時期と重なる。それから10数年経過し、米国の若いITベンチャーが日本の巨大エレクトロニクス企業を赤字決算に追い詰めたのである。

敗北の原因はいくつもある。ITの業界では、技術革新が驚異的なスピードで進み、意思決定に時間のかかる日本企業は迅速な対応ができなかった。その間に多くの製品で「技術の標準化」と「コモディティ化」が進み、利益を確保できる製品が急速に少なくなってしまった。日本企業が「ものづくり」にこだわり、ソフトの重要性を見逃してしまった面も米ベンチャーを躍進させた一因と言えるだろう。

では大企業であることはハンディなのか。必ずしもそうではないように思う。IBM(創業1924年)はIT革命を生き抜いて、いまだに競争力のある企業であり続けている。だがIBMはその間に、何度も大規模な事業の見直しと再編を行い、ハードウェアの会社からサービスの会社に大変身をした。自社の「立ち位置」を決め、それ以外の事業を削ぎ落としてきたのである。

同じ大企業であっても、あっという間に新興企業との競争に敗退し、他社に買収されたり破産したりした企業もある。ネットワーク機器のルーセント(創業 1856年)、ノーテル(創業1880年)、3Com(創業1979年)などがその例である。ルーセント、ノーテルの両社は元々AT&Tの Bell研究所を源流に持つ、超一流会社であった。3Comはイーサネットの開発者メトカーフが設立した会社だった。だが3社とも顧客ニーズに迅速対応できずに、ルーセントはフランスのアルカテルに買収され、3ComはHPに買収され、ノーテルは買収企業も現れずに連邦破産法11条を申請した。

3社を追う立場にあったシスコ(創業1984年)は、顧客ニーズをトコトン汲み上げ、自社の技術で対応できない場合には、そうした技術を開発しているベンチャーを果敢に買収し続けた。同社が買収した企業総数は120社に上る。こうしてシスコは常に最先端のネットワーク機器を提供できる企業として顧客の高い評価を得て、他のネットワーク機器会社を追い詰めたのである。買収した企業を自社の競争力の強化に結び付けるのは、買収行為よりはるかに難しい。米国ではシスコの経営手腕に高い評価が与えられている。

では日本の伝統的な大企業はどうすればよいのだろうか。企業の原点に戻って、なぜ製品を作るのか、なぜ製品を売るのかを考えてみなければならないように思う。いま、日本企業に必要なのは「製品の人格化」である。消費者が製品を手に取ってみて、「こんな製品が欲しかったのだ」と思わせるような製品を作り・売ることである。

日米の量販店にぎっしりと陳列された日本の製品を見て、筆者は何の感動を覚えない。この製品とあの製品がどう違うのか、店員の説明を聞くまではわからない。説明を聞いても「それで?」と問い返したくなる。心を揺さぶるものは何もない。しかたなく寸法と色で決める。

筆者がアイフォンを最初に手にした時は違った。そこには感動があった。「こんな製品が欲しかったんだよ」とひとり呟いた。「スティーブ・ジョブズ、やってくれるぜ」と彼の顔を思い浮かべた。アイフォンの中にスティーブ・ジョブズの意気込みと美学を感じた。そして圧倒された。

日本の名門企業はどうして人を感動させる製品を作れないのだろうか。厳格に組織分けされた事業部制の中で、前の製品よりもちょっと良いもの、他社をちょっとだけ凌駕するものを作り続けているからだろう。「買う側の視点」などはどこかに飛んで行ってしまったのではないだろうか。

名門企業に集まった優秀な社員が喧々諤々やって決める新製品開発会議は、所詮「論理の世界」でしかない。消費者が求めるものは「ぬくもり」であり「使う喜び」である。消費者は製品に、作った企業の「心」を見たいのだ。原点に戻って商品開発を進めたら、消費者はどんなに喜ぶだろうか。それ以上に、名門企業の社員の心はどんなに明るくなるだろう。なんとか復活を「人間臭く」やってほしいものである。

ベンチャーアクセス「シリコンバレーコラム」2009年12月より「「転載)
 

安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)