「シリコンバレーの名物女性経営者、政界進出の意味」

トランス・パシフィック・ベンチャーズ(Trans Pacific Ventures LLC
President & CEO
安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)

シリコンバレーの名物女性経営者、政界進出の意味



米国では11月に中間選挙がある。このときにカリフォルニア州知事の選挙と上院議員の選出が行われる。現知事はあの有名なシュワルツェネッガー(共和党出身、元俳優、61歳)である。来年1月に任期満了となるため、新たに候補者を選出しなければならない。候補者選びの民主党と共和党の予備選挙が6月9日に開催された。

民主党ではベテラン政治家ジェリー・ブラウン(72歳)が選出された。同氏は1975-83年にカリフォルニア州知事を務めことがあり二度目の知事挑戦である。現在は州の司法長官を務めている。知名度の高さを生かして84%の票を獲得して民主党の州知事候補になった。

共和党では、新人メグ・ホイットマン女史(53歳)が選出された。オンライン・オークションの代表企業イー・ベイ(eBay)の社長を務めていたビジネス・ウーマンである。政治家としての経験はない。得票率は64%と対立候補に37%の大差をつけての勝利だった。

メグ・ホイットマンは、ニューヨーク州ロング・アイランドの出身で、プリンストン大学を卒業後、ハーバード経営大学院でMBAを取った才媛である。社会人になってからは、プロクター・アンド・ギャンブル社、ウォルト・ディズニー社等に勤務したあと、98年から2008年までイー・ベイの社長を務めていた。

彼女が社長になったときのイー・ベイの社員はたった30人で、売上高も4百万ドル(3億6000万円)ほどのベンチャー企業だった。それを10年間で従業員1万5000人、売上高80億ドル(7200億円)の大企業に育て上げた。まさに絵に描いたようなサクセス・ストーリーである。

彼女はテレビ・ラジオを通じて大々的な選挙宣伝をした。「今のカリフォルニア州政府を立て直すには自分しかいない、私のビジネス経験がカリフォルニアを救う」。彼女がこの選挙戦で注ぎ込んだ自己資金は7100万ドル(64億円)と前代未聞の規模だった。皆シリコンバレーの金力に驚くとともに、草の根の運動家からは「金で票を買った」と不評を買った。

今秋のカリフォルニア知事の選挙戦は、政治経験豊富なベテラン候補者とビジネスの経験しかない新人候補者で争われる。

では、上院議員の候補者選びはどうだったのか。カリフォルニア州は現在二名の上院議員を出している。ダイアン・フェインシュタイン女史(76歳)バーバラ・ボクスター女史(69歳)で、いずれも民主党の上院議員である。今秋の中間選挙で任期を迎えるのはボクスター議員であるが、続投の意思表示をしている。1992年から3期上院議員を務めている民主党の大物議員である。ボクスター議員は民主党の予備選挙で81%の高得票を得て再選された。

一方の共和党予備選挙では、元ヒューレット・パッカード社(以下HP)社長のカーリー・フィオリーナ女史(55歳)が選出された。彼女もホイットマン同様、高価なテレビ宣伝をうまく使い選挙運動を展開してきた。彼女が注ぎ込んだ自己資金は550万ドル(5億円)と意外に少ない。彼女の得票率は57%と対立候補に35%の大差をつけた勝利であった。フィオリーナ候補は今秋の中間選挙で、現職ボクスター上院議員に挑むことになる。

フィオリーナ女史はスタンフォード大学を卒業したあと、ロードアイランド大学とMITの大学院でMBAを獲得したこれまた才媛である。AT&Tに20年近く勤めて上級役員に昇格した後、HPの社長に迎えられた。社長在職中に創業者ファミリーの反対を押し切ってコンパック・コンピュータとの合併を断行した社長でもあった。

フィオリーナ候補はシリコンバレーでは失敗した経営者と見なされている。HP社長の時の評判はすこぶる悪かった。無理な合併をしてHPの財務体質はガタガタになり独特の社内文化は破壊された。株価は社長就任時の1999年から退任時の2005年には半値以下に値下がりした。人の意見を受け入れない独断専行型の経営者で、HPの伝統的な事業部門の売却と大規模なレイオフを行った。

在任中に複数の雑誌から「最強の女性経営者」と「史上最悪の経営者」のダブル評価を得た。パフォーマンスの悪さを理由に2005年には社長を追われた経緯がある。HPの今日の繁栄があるのは後任の社長が建て直しを行ったからであると多くの関係者が指摘している。創業者ファミリーとの確執は今でも尾を引いており、ファミリーは予備選挙で彼女の対立候補の後援者になっている。

シリコンバレーの起業家が政界に転出するのは今回が初めてではないが、今まで全て途中で落選している。二人の著名な女性経営者が一度に、州知事と上院議員という州の最高ポストを狙って進出するのは初めてである。しかも選挙資金に注ぎ込んだポケットマネーが中途半端な金額ではない。これが草の根の政治運動を展開している人から反感を買ったのも無理はない。

カリフォルニア州は民主党支持者の多い州である。人口の2/3は民主党支持者といわれる。歴代の同州選出の上院議員には民主党員圧倒的に多い。シュワルツェネッガー知事は共和党から選出されたが、俳優として知名度の高さで選ばれたので、政党色は強くない。こうした政治環境の中で共和党として戦うのは容易ではない。その上、11月の中間選挙では民主党の大物政治家を相手に戦わなければならない。

では、二人の候補者には勝ち目がないのだろうか。「苦戦はするだろうが勝ち目がないわけではない」との見方が支配的である。理由は従来の政党政治に変革を求める声が高まっていることだ。州公務員の組合を押さえきれず、州の財政は年間190億ドル(1兆7000億円)大赤字を出している。州の失業者数は全米平均を大きく上回る12.6%である。従来の手法とは違った形で財政・経済を立て直さなくてはならない。両候補者がビジネスでの実績を強調する理由はそこにある。

シリコンバレーは総じて、政治に対して無関心であった。若者が興味本位で開発に熱中して、ヤフー、グーグル、ユーチューブ、ツイッターといったウェブ時代の花形企業を育てた。政治とは無関係である。だから無関心であった。ただ、シリコンバレーの自由を損なうような政治介入は嫌う風潮があった。若者層を中心にリベラルな考えの人が多く、民主党支持層が厚い地域である。だから両候補者が共和党から出馬したことに若干の戸惑いがある。

もうひとつの戸惑いはシリコンバレーでの成功によって得た資金を大きく政治に投入したことだ。この地で誕生した金持ちの多くは、得た資金をこの地に還元した。彼らの多くはエンジェル投資家になり、次世代のベンチャー企業を育てるために使った。ところが今回の出馬劇は、当地の著名な金持ちが数十億単位で自分の選挙資金に投入したのである。

これはシリコンバレーが変わってきていることを意味するのだろうか。9/11が発生したあとのブッシュ政権時代に、アメリカの安全保障を理由に外国人労働者へのビザ発給枠を極端に絞り込んだときがあった。影響を強く受けたのはシリコンバレーであった。ビザの更新ができなくなった中国人技術者やインド人技術者の多くが本国へ帰国した。シリコンバレーが政治に無関心ではいられない状況が生じた。

もうひとつの現象がある。最近ではクリーンテック・ブームに乗って多くのベンチャー企業がこの地で誕生した。オバマ政権になって以降、こうした企業に政府の資金が流れるようになった。クリーンテック企業の経営者たちは首都ワシントンの動きを見ながら自社の立ち位置を決めなければならない。シリコンバレーが従来の「オタク文化」一本槍では成長を持続させるのが難しくなったとの認識がある。

こうした「シリコンバレーの政治化」を二人の候補者が象徴しているように思う。だがシリコンバレーが一斉にワシントンの顔色を伺いながら動きだすと、もはやシリコンバレーではなくなる。シリコンバレーが持つ「自由なオタク文化」、「お互いに助け合う」独特のエコ・システムはなくなってしまう。

当地住民は二人の当選にクールである。熱狂する様子は全くない。個人が自分の政治的野心のためにやったことだと冷淡である。むしろこうしたことでシリコンバレーが話題になるのは迷惑だといった表情である。だが、これでよいのだ。「政治に無関心なシリコンバレーの伝統」はしっかりと守られているからだ。

ベンチャーアクセス「シリコンバレーコラム」2010年6月より「「転載)

安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)