日本企業を縛る米国流SOX法に無理に付き合う必要はない

トランス・パシフィック・ベンチャーズ(Trans Pacific Ventures LLC)
President & CEO
 安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)


先日、日本商工会議所北カリフォルニア支部が主催し、シリコンバレーで開かれたJ-SOXに関 する勉強会に出席した。J-SOXは米国SOX法の日本版というべきもので、2009年3月期決算から導入される。J-SOX法の適用対象は日本企業であ るが、在米子会社にとってもまったく無関心ではいられないので勉強会が開催されたのだ。

2002年7月に発効したSarbanes-Oxley法(略称SOX法)はエンロン事件やワールドコム事件など1990年代末から2000年代初頭にか けて米国で頻発した不正会計問題に対処するために制定された法律である。財務諸表が適正に作成されていることを検証する社内管理体制の評価まで含む広範、 且つ、厳しい規制である。

この法律は罰則も異常に厳しい。CEO(最高経営責任者)とCFO(最高財務責任者)は決算内容・社内管理体制ともに適正であることの宣誓書を提出しなけ ればならない。もし、嘘の宣誓をすれば、罰金に留まらず、5年から20年の禁固刑が科される可能性もある厳しい法律である。

SOX法はアメリカで施行されて数年経つが、いまだに賛否両論が渦巻く問題含みの法律である。賛成派は、この法律の導入によって経営者が襟を正すようにな り、決算内容の信憑性が格段に上がり投資家の保護が図られるようになったと力説する。その証拠に決算の過年度修正が大幅に減ってきたし、社内管理体制の不 備指摘件数も大幅に増えた後、減ってきたとしている。

一方、反対派は「企業にとってこれが過重な経済的負担となり、上場する意欲が失われてしまった」「外国の企業がアメリカの証券取引所に上場するのを避けるようになった」ことに強い懸念を示している。

SOX法に対応するための費用は、ある調査レポートによると、米国企業全体で1兆4000億ドル(約150兆円)にも達するという。一企業あたり平均する と290万ドル(約3億円)掛かっている。しかしこれを負担率で見ると、売上50億ドル以上の大企業では売上に占める比率が0.06%なのに対し、売上1 億ドル未満の中小企業では2.55%と重い負担率となる。

アメリカでは多くの企業がSOX法を廃止するロビー活動を強力に展開している。SOX法の監督機関の合憲を問う訴訟まで提起されている。アメリカが今後この法律をどこまで押し通すのか先行きは不透明である。

米国と日本とではSOX法に対する苦情の出方が異なる。米国から聞こえてくる苦情の多くは、「SOX法の対応で膨大なお金がかかった」「こんなに経済的負 担が重くては、上場を維持するのが大変である」「未上場企業が上場に二の足を踏むようになった」。アメリカの苦情は、金がかかりすぎることと、上場するこ との意味を問いかけるものが多い。

日本の苦情の多くは、「このために仕事の負荷が増えて、本来の仕事に割く時間が少なくなった」「ここまで細かく対応しなければならないのか疑問」という点 に集中している。経済的負担を挙げる企業は無いに等しい。日本企業のJ-SOX対応予算は米国とは比較にならない少なさである。ましてや上場の意味を問う 意見は無い。

なぜこのような違いが出るのだろうか。アメリカではSOXにかかる作業は、新たに別人員を採用して専任体制を敷き、外部サービスを取り入れて対応するのが一般的である。そのため、新たな人件費とコンサルティング費用が嵩むのである。

日本企業の多くは、現有社員をJ-SOX対応のために兼任させる体制を敷き、本来業務をもちながらJ-SOX対応をしようとする。そのため金銭的負担は少 ないものの、時間的負荷がかかるのである。日本監査役協会が行った調査によると、兼任スタッフで対応した企業が、専任スタッフをおいた企業の2.5 倍になっている。規模の小さい上場企業になると、その比率は4倍にもなる。

もうひとつの違いは企業風土である。アメリカは多民族国家であり、社員一人ひとりの生い立ちが異なるので、共通の「常識」の成り立つ部分が少ない。その 上、この国では頻繁にレイオフをするので「腹いせ」に会社に迷惑をかけて辞めていく人もいる。企業がセキュリティ・システムを導入するときに想定する不正 行為は、内部からの攻撃である。そのため、社員をそもそも「性悪説」で見る気風がある。

だが日本は違う。同一民族が構成する国家であり「常識」の働く余地が大きい。従業員は特定の企業に長く勤務する風土がまだ残っており、簡単には辞められな い。日本企業がセキュリティ・システムを導入するときには内部よりも外部からの攻撃を念頭に置く。社員に対して「性善説」で接してきたところに企業風土の 特徴がある。

加えて社員の採用形態も異なる。米国では必要とされる職務を分掌規定で厳密に定めて、これに適した人材を外部から採用する。そのポストが不要となれば遠慮なくリストラする。

日本では、新卒を採用し、長い時間かけて色々な仕事を経験させて育てていく。特定の部門が不要となってもリストラせずに、別な職場で柔軟に人材を生かそう とする。日本企業が広範に兼務体制を敷いて、新たな規制に対応しようとするのは採用形態の違いに由来する部分がある。日本企業では分掌規定にそもそも重点 を置いていないのだ。

では、J-SOXは日本に不要なのか。日本でも、カネボウ、西武、ライブドア等不正会計を行った企業は存在する。経営者トップがワンマンでその下にはイエ スマンしかいない企業か、組織ぐるみで粉飾を実行した企業が事件を起こしている。だが、こうした事件をJ-SOXで防げるのだろうか。

トップが不正を企んでいる企業で、一般社員を相互に監視体制を敷いたところで何の意味があるのだろうか。J-SOXを如何に厳密に適用したところで、トッ プの意向に従って動いている経営幹部が、その権限を行使して捻じ曲げれば、J-SOXを掻い潜ることは可能なように思う。日本のような企業風土では、経営 トップの不正に一般社員が正義心を発揮して歯向かうには、自らの失職を覚悟しなければならない。J-SOXどころの騒ぎではない。

米国でSOXが効果を出したという人がいるが、その多くは取引の二重入力を発見したといったレベルの話である。このレベルの検証をいくら厳密にやったとこ ろで不正会計操作を防げるとは思えない。筆者は以前銀行員であった。不正決算には何度も遭遇した。不正決算をする企業には何らかの動機があるものだ。それ は経営者トップの「焦り」であったり「背伸び」であったりする。

こうして出てきた不正決算は、経済環境の中で違和感のある決算になることが多い。同業他社が軒並み赤字を出しているのに、一社だけ黒字決算をするといった 類だ。エンロンもワールドコムもこうした企業だった。不正決算の発見には「不思議を不思議と思う素直な眼」が何より重要であった。こうした目を持った人が 増えてくれば、不正決算を発表しにくくなるだろう。

J-SOXで社員に膨大な書類の作成をさせるのは止めようではないか。一般社員は疲弊しモラルも下がる。その上、SOX法移植過程で日本企業内部にアメリ カ流の「性悪説」が蔓延することになる。これでは日本企業が本来持っている「強さ」が衰退してしまうように思う。それよりむしろ、内部告発をしやすくし て、内部告発者を保護し、不正を強要した経営者には厳罰をもって処するほうが効果的なように思う。

いま日本企業に必要なのは「活力」である。「性悪説」に相当する部分はITでカバーし、社員全員が「性善説」で気持ちよく働ける職場を作ることが何より重 要なのだ。米国の一部企業の失態を尻拭いする異国の制度に、過度にまじめに付き合う必要はない。日本は日本独自の「性善説」で行こうではないか。

(ベンチャーアクセス「シリコンバレーコラム」2008年8月より転載)

安藤 茂彌氏 (Shigeya Ando)


東京大学法学部卒業後、三菱銀行に入行。MIT経営学大学院修士。三菱銀行横浜支店長を歴任。1996年に東京三菱銀行を退職、シリコンバレーにわたり、米国ハイテク・ベンチャー情報を、インターネット上で日本語で提供するサービス:ベンチャーアクセスを運営。日米両国において、講演、コンサルティング・サービス等も活発に行っている。



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