第2回 「関西人、涙と笑いのシリコンバレー起業劇」

於:Morrison and Foerster 大会議室




スピーカー:
CEO, B-Bridge International Inc.
桝本 博之氏


 日本と米国のBio Tech業界の「Bridge」となる、というミッションを掲げてB-Bridge International,Inc を設立し、約3年半で日米のライフサイエンス業界に注目される国際企業へと急成長させた桝本CEO。バイオ関連の試薬・機器などの物流改革に取り組む傍 ら、日米の研究者と企業、ベンチャーキャピタル間の情報のやりとりをつなぐ架け橋としての役割も担っている。その中で得たネットワークや知識から、本格的 R&D型ビジネスとしてAVOCEL社も設立。「人生楽しいか?」を常に探りながら生活しているという桝本さんらしい楽しい講演に、会場は笑いが 絶えなかったが、動きが激しく高度な専門知識が必要とされるバイオという領域でビジネスを成功させたエネルギーと、地道な努力も伝わってくるものだった。


◆「歌う起業家」◆

 ガッチリした体格、低くてよく通る声、関西弁の軽妙な語り口。一度会えば忘れないと言われるのも頷ける印象的な外見だが、高校時代にはハンドボールで国 体を目指し、大学時代はバンドのボーカルで鳴らしたという。その実力は2002年度NHKのど自慢大会でグランドチャンピオンに輝いたというお墨付き。講 演に先立つスピーカー紹介ではその表彰式のビデオが披露され、会場は「ナマの歌声を聴きたい!」という期待で盛り上がったが、一旦講演が始まると、その話 の面 白さに会場は熱心に聞き入った。

◆英語もサイエンスも苦手?◆

 「バイオビジネスで日米を橋渡し」という起業内容や、講演の端々に出る英語の発音のよさからは意外だが、もともと「英語は苦手」で「サイエンスは大嫌 い」だったという。大学時代の専攻は監査会計。その頃一人旅で英語が通 じず苦労した話も飛び出した。だが、その後入社した東洋紡績株式会社で新規事業部門に配属となったことが、バイオビジネスとの出会いとなり、専門家、海外 の取引先と接する中で「がむしゃらに学んだ」ことが、今のビジネスの基礎となっている。

 転機は1995年の阪神大震災。地震に遭ったその日に次男が生まれるなど、自身の考え方に大きく影響したという。以前から「海外永住したいなぁ」という 気持ちはあったそうだが、翌年、海外のヘッドハンターからの一本の電話で渡米を決意。Biotech企業のInternational Salesのディレクターとしてドイツ、イギリス、日本での現地法人を立ち上げにかかわり、日本の現地法人の代表取締役も務めた。しかし他社による買収に 合ってしまう。

 苦労は多かったそうだが、日本での起業経験、株式公開の準備、バイオ業界でのネットワークの構築など、学んだものも多かったという。そうした経験と日本と米国の双方を知っている、という強みを活かせる場として選んだのが、アメリカでの起業だった。

◆大企業勤務と起業、日本と米国での経験で学んだこと◆

 日本の大企業勤務と起業、日本とアメリカでのビジネス、という幅広いビジネス経験を通じて感じた、日本企業社会の文化についても語っていただいた。特徴 的なのは会議・意思決定のあり方。根回しの必要性、会議時間内には何も決まらず再度設定が必要になること。会議中の発言について、あとになって注意を受け る、などの人為的ストレス。「あくまで私見ですが」とおっしゃるものの、経験に基づく説得力のある話は、とくに日本とアメリカの両方でビジネス経験を持つ 参加者などには、共感する人も多かったのではないだろうか。

 そうした辛口の評価の一方で、無理してアメリカ人に勝とうとするのではなく、あくまで日本人として双方の強みと弱みを意識することが大事、との指摘も あった。日本のよさ、アメリカのよさを両方うまく引き出せないか?そうした問題意識・使命感が、桝本さんのビジネスの根底にあるようだ。

◆B-BridgeとAVOCEL社のビジネスモデル◆

 2000年、「日本のテクノロジーをもっと世界に知らしめたい」という思いからB-Bridgeを起業。米国発のBiotech情報、試薬、機器などを いち早く、効率的に日本の研究者へ届ける一方で、日本の技術を世界に発信し、欧米研究機関との共同研究のサポートも行っている。

 このように日本との結びつきが強い事業だが、日本法人は設立していない。管理費がかさむのがその理由という。その代わりに、日本の卸業者とのアライアン スにより「B-Bridge Japan」というバーチャル組織を構成し、何層にも重なりがちな仲介業を圧縮する、というビジネスモデルを構築。これにより、卸段階にかかるコミッショ ンが減って商品の価格が安くなるだけでなく、アライアンス加盟企業間で本社機能をシェアすることで、コストそのものも削減できる。

 米国で起業するにあたり、R&D型のビジネスも念頭にあったとのことだが、「いきなり他人のお金で大掛かりなことをするのでなく」、まずは「自 分が知ってる一番強い部分で、誰もがおかしいと思っている部分」を改善することが先決と、物流改革から着手したという。こうしたポジショニングが効を奏 し、B-Bridgeは順調に成長してきた。

 卸段階を圧縮し、情報の仲介に直接携わる中で、優れたテクノロジーを持っている研究者との距離が縮まることになり、新ビジネスの種もできた。遺伝子治療 薬の開発を行うAVOCEL社は、B-bridgeで培ったネットワークとキャッシュから産まれたビジネスだといえる。ここで使用されている Stanford大学のRNAiに関する技術は、Nature誌にも取り上げられたほどで、今後が注目されている。

◆起業のポイント◆

 日本人がアメリカで起業するにあたっての重要なポイントとは? 桝本さんがご自身の経験から思うのは、一人で何でもできること、得意技をもち、プロ意識 を持つこと、だという。また、「外人」であることを意識する一方で、日本とのネットワークを大事にすること、そして謙虚さ。これはアメリカに住む日本人と しての役割を意識し、強みを活かす、ということにも繋がるだろう。

 また、起業のテクニックとしては、ベンチャーキャピタルに頼らずにファイナンスができること、日本のカネを有効利用すること、起業後には焦らずに株価を 上げること、といった資金に関する点を指摘。さらに、ゴール設定には段階があることを意識し、Realisticな目標と、BHAG(Big Hairy Audacious Goal:大きく、困難で無謀ともいえるような目標)とを区別すること。そして、「人生は楽しいか?」という姿勢と家族のサポートがなにより大事だ、との こと。

◆今後の目標とメッセージ◆

 優れた情報と技術の集まるアメリカ。何事も合理的に、そして迅速に開発される「アメリカ産」を、品質の良さ、きめ細かさなど日本人だからこそできる方法 で世界へ発信していくこと。「Made in USA by Japanese」―これが桝本さんのコンセプトであり、日本の代表というつもりで、アメリカに来た意味合いを見つけ出したい、という思いにも通じる。そ して、人によって分野は違っても、「私ができるブリッジ、あなたができるブリッジ」を通じて何かを生み出していこう!というメッセージは、講演のテーマで ある「頑張れニッポン」と相まって、立ち見もでたほどの会場の共感を得たようだ。 AVOCEL社を立ち上げるにあたってStanford大学の教授を惹きつけた「シンプルさ」=理念の首尾一貫性と熱意、が伝わる講演だった。B- Bridgeでは、これまでのネットワークを活かしてバイオインキュベーション事業も開始したという。B-Bridge、AVOCEL両社の動きだけでな く、そのサポートを受けた日本発の研究成果 の今後にも注目したい。
(文:工藤有美子)





タイトル: 第2回 「関西人、涙と笑いのシリコンバレー起業劇」
登録方法: ※当イベントは終了しました


記事についてのお問い合わせは、info@svjen.org まで。