第5回 「理論限界値への挑戦~エンジニア魂の起業体験談」

於:Wilson Sonsini Goodrich & Rosati (WSGR) パロアルトオフィス




スピーカー:
KeyEye Communications, Inc. Co-Founder & CTO
鷹取 洋
鷹取 洋氏




「私は技術者。これから皆さんにお話しするのは、起業家の成功談というより、技術者として生きる人間の起業体験談です。」こう語る鷹取洋氏をお迎えして、 第5回起業家トークセッションは開催された。鷹取氏が共同創業し、CTOを務めるKeyEye Communications, Inc.は、現在の通信業界の理論限界に挑戦する高速チップを開発している、知る人ぞ知る革新的企業である。日本企業から留学を経て、転職したアメリカの ベンチャー企業の興亡に立会い、半導体業界の巨人・Intelではエンジニアとしての頂点に上りつめた鷹取氏。自分の信念を貫くため興したKeyEye は、1年足らずで資金ショートのため一度は操業を停止するものの、復活を遂げている。波瀾万丈の一技術者の生き様は、160名を超える大聴衆に深い感銘を 与えた。


◆波瀾万丈の「生涯技術人生」◆
穏やかで落ち着いた物腰。淡々とした語り口。そして、取得した基盤技術特許の数々や、技術者としての輝かしい経歴。「生涯、一技術者として生きていきた い。」鷹取氏のこの言葉の真摯さに疑いを差し挟む人はいないだろう。しかし、波瀾万丈のその人生を知って、なぜ?と疑問を投げかける人は少なくないのでは ないだろうか。大学卒業後、日本の大手企業の中央研究所に10年間勤務。通信伝送分野の研究開発に取り組む。1年間のカナダ留学を経て、創業間もないアメ リカのベンチャー企業に転職。勤務先のIPO、そしてIntelへの買収に遭遇した。鷹取氏は、買収先のIntelでFellow(技術者最高位)に昇り つめる。しかし、何とここで鷹取氏は、人が羨むそのキャリアを擲って起業を決意。2001年秋、KeyEye Communications, Inc.を創設する。

◆逆風で訪れる転機◆
「気が触れたのではないか」と上司を驚かせた、カナダ留学から帰国して出社第1日目の辞表提出。終身雇用が保証されていた日本の大手企業、しかも多くの技 術者の憧れる中央研究所の職を辞して、異郷の地で、存続するか先の見えないわずか20名のベンチャー企業への転職である。周囲が無謀と見てもおかしくな い。しかし、鷹取氏にとっては、携わってきた日本国内のDSL開発こそ「先が見えない」ものだった。入社2ヶ月後、会社は倒産の危機に陥ったが、やがて持 ち直して興隆期を迎える。ところが、それも長くは続かない。テクノロジー企業として限界が見えてくる。先を読んでいたCEOは、問題が表面化する前に、通 信分野の技術を買収する動きのIntelに売却。鷹取氏から見たIntelは、「Communications Businessを理解していない」大企業だった。マイクロプロセッサでの成功が、異なった分野の技術を受容する素地の形成を阻んでいた。鷹取氏が目指す 通信理論限界への挑戦には、新天地が求められたのだ。

◆会社創設一年足らずにして、最大の危機◆
「世界一を狙う」目標を掲げ、KeyEye Communicationsを設立。ベンチャー企業を創業間もない時期から体験した鷹取氏には、これなら自分にもできるのではという自信があった。しか し、冷え切った投資意欲下での起業は、ことのほか厳しいものだった。共同創業者3人中2人は完全無給、その他スタッフ達はHalf-payで頑張ったもの の、資金は底をついてくる。頼みの綱のVC(ベンチャーキャピタル)、W社に対して切り札になるはずの顧客のレスポンス。ところが、顧客のC社は「技術的 には認めてくれたが、(商売上の)コミットメントまではできなかった」。鷹取氏は、組織としての生き残りを託して、日本の大手メーカー5社を数回にわたり 訪問。うち、S社から、そのデザインセンターとなるという吸収合併のオファーを取り付けることができたが、社内で円卓会議を開き、一人一人にその条件を飲 むか否かを問うた結果は、「No」。過半数を占めるアメリカ人たちには「小さい会社だからこそ入って頑張ってきたのだ」というこだわりがあった。創業 11ヶ月にして操業停止。「私にとって、空白の2週間が過ぎました・・・これが、最も辛い時期でした・・・」これまでの淡々とした語りのテンポが緩み、間 をおいて言葉を噛締めるように語る鷹取氏に、満員の会場はしんと静まりかえり、じっと次の言葉を待った。

◆再起を果たし、学んだこと◆
「どうして再起を決意できたのか、と聞かれて、時間が解決してくれたとしか、答えようがないのですが」「ここまでやってきたじゃないか、8割方は、できた じゃないか、と思えるようになったのです」再起の道が険しくなかったわけではない。第一関門でVCが示した資金額を達成するために、日本企業にまさに土下 座して前倒しの出資をお願いしたりもした。アメリカ人のプロのCEOを採用するなど、経営の変革も図った。半年ほどの間に、VCから遂に総額$21M (Round A $6M, Round B $15M) もの出資を引き出すことができた。その経験から、鷹取氏はVC説得の秘訣を次のように語る:
◇技術的に光るものがあること?テクノロジーの会社なら、これが前提。
◇売れるものをつくること?顧客を納得させ、売れるようにするマーケティングのプロが必要。
◇VCにアピールするには、チームワークで?個人ではできない効果が発揮できるはず。
◇ビジネスプランを実現してみせる、遂行能力があること?2次、3次の出資を得るためには不可欠。

◆振り返って?会社って何?◆
留学中に知ったベンチャー企業が、鷹取氏のそれまでの会社観を大きく変えたという。大きな会社と小さな会社のギャップの方が、日本企業とアメリカ企業の差 よりも大きかったと鷹取氏は述懐する。会社は、方向性や目標は示すが、実際に仕事を遂行するのは従業員自身であるということ、会社に何かの保証を求めるの ではなく、会社を利用してどう自己実現していくかという姿勢で臨めばよいと語る。鷹取氏はこの考えに沿って、KeyEye Communicationsの従業員に対して、目標は示すが目標達成のための実行段階は従業員自らが考えて行うように任せているという。

◆これから起業される方へのメッセージ◆
◇「逆風の中でのチャレンジ」?チャレンジしてみなければ、結果は分からない。それが、たとえ逆風の中であっても。
◇「やり直しの効く人生」?チャレンジが裏目に出てしまっても、人生、2度や3度やり直しはきくもの。

講演後の懇親会では、スピーカーの鷹取氏と言葉を交わそうとする人の列が最後まで途切れることはなかった。セッション冒頭でSVJENプレジデント外村仁氏によって紹介された、当日来場の多数の日本人起業家(過去の起業家トークのスピーカー、IP Infusion 共同創業者の吉川欣也・石黒邦宏両氏NuCORE Technology 創業者 渡辺誠一郎氏Fujin Entertainmentの創業者の倉橋氏、YY Planet創業者の杉本氏、Nozomi Photonics創業者の森氏、BaySpo創業者の小野里氏、Tresidder Networks創業者の佐藤氏 等)を取り囲む歓談の輪も拡がって、夜10時過ぎまで会場内は語り合う参加者の熱気に包まれていた。

鷹取氏が「生涯技術者として生きる」自己実現の手段として選んだ起業。会社閉鎖の危機を乗り越え、KeyEye Communicationsはいよいよ飛躍に向け動き出した。冷静沈着を画に描いたような鷹取氏が心の奥に秘めた激しい情熱とチャレンジ精神、そして何 よりも、挑戦しつづける姿勢は、シリコンバレーの技術者に勇気と希望を与えてくれた。

(文:木村恭子、撮影:膳亀幸伸)



参加者達
▲起業家トークでは過去最高の160人が参加し、立ち見も出たWSGR大会議室
質疑応答の様子
▲鷹取氏と話そうとする参加者の列は懇親会終盤まで途切れることがなかった
JETRO BIC代表 星野氏
JETRO BIC代表の星野氏は、ビジネスインキュベーション・マネージャー研修で日本から来訪中の18名を連れてのご来場。このような場を利用した研修者と日本人起業家との生の交流に期待を寄せられた
Sughrue Mion, PLLCのパートナー、Inge氏
▲SVJENのWebサイトで連載が始まったIP(知的財産)コラムの執筆者、Sughrue Mion, PLLCのパートナー、Inge氏



スピーカープロフィール

鷹取 洋(Hiroshi Takatori)
Co-founder & CTO, KeyEye Communications, Inc.

1978年東京工業大学工学部電子物理学科修士卒。日立製作所中央研究所にてISDN(TCM)やエコーキャンセラー等を含む、通信ネットワーク用半導体 の設計で数多くの開発を行った。カナダ留学(Carleton University、Visiting Scholar)を経て、1989年Level One Communicationsへ入社。Intel(2000年12月Fellowに就任)を経て、2001年11月にKeyEye Communications, Inc.を共同創業。Level One,Intelでは19の特許を取得。ANSI T1E1, ITU, ETSI, IEEE等の標準化活動にも参画。



タイトル: 第5回 「理論限界値への挑戦~エンジニア魂の起業体験談」
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